元全国農協問題研究会会長 茨城・玉川農協元組合長
山口 一門さんを偲ぶ
玉川農協元組合長 山 口 和 弘
いつになく寒さが続く1月24日、元玉川農協組合長の山口一門さんが亡くなられました。
山口さんは、石岡農学校(現石岡第一高等学校)を卒業後、1943年(昭和18年)に農業会常務理事に就任し、戦後には茨城県農村青年連盟委員長(1948年)、玉川(現ひたち野)農協組合長(1950年)、茨城県農協中央会副会長(1969年)などを歴任。その後、全国農協問題研究会会長として全国を飛び歩き、地区内では若い農業者の学習会(山小屋塾)を組織し、農業や農村、農協の話や人生論など多くのことを私たちに語ってくれました。
山口さんは亡くなるまで、生涯一貫して「農民が農業で飯が食える」ことをめざし、リーダーシップを発揮されました。県内で最小規模の玉川農協が全国初の生産部会を設立し、1957年から始まった営農形態確立5カ年計画運動や、世にいう「米プラス・アルファー方式」を実践して、決して豊かとはいえなかった半農半漁の玉川地区を今日の姿に変える礎(いしずえ)を築いたのでした。
また、『玉川農協の実践』『組合長日記』『実践的農協論』『農民は死なない』『いま農協をどうするか』など数多くの書を著しました。そして、農民の地位向上はもちろん、農村社会の改革や農村文化の発展に尽くし、戦中・戦後から今日までの日本の協同組合運動を知りえる貴重な人であったことは、全国農民の知るところです。
今後は、山口さんの思いを次世代の若い農民に伝えることが、わが使命かと考えるところです。(合掌)
(新聞「農民」2011.2.21付)
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