新聞「農民」に期待します
ある出逢い
作家 旭爪(ひのつめ)あかねさん
農民運動にたずさわってきた人たちの群像をルポルタージュとしてまとめるため、私は茨城県へ通っていた。ところが、3年、4年、5年目に入っても、原稿が完成しないのだ。
農業のことがわからない。大事な情報を聞き逃す。事実の核心がつかめない。全体の構成が定まらない。調べたことを言葉にできない。書いても書いても没になる。苦しかった。
そんなとき、新聞「農民」の若い女性記者さんと話す機会があった。彼女は言った。「取材が苦手だ、文章が下手だと、いつも感じる。この仕事に向いてないんじゃないかと、よく思う。それでも私が、どんなに下手でも書かなくちゃという気持ちでいられるのは、農家の人たちの声を聞いて伝えることができるのは、いまここに自分しかいないと思うから」。
地位のためでも名誉のためでも、ましてやお金のためでもなく、懸命に生きている人たちの真実の声を伝えるために、自分にできることをする。全国各地から寄せられる通信も含めて、そのような姿勢を貫いてつくられている新聞「農民」には、報道機関としての本物の魂がある、と感じさせられた。
あの日、彼女のあの言葉に出逢えたから、私自身も書き続けてこられたと思っている。
(新聞「農民」2009.11.9付)
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