「福田ビジョン」を批判する
洞爺湖サミットを目前にひかえた六月九日、福田首相は「低炭素社会・日本をめざして」(福田ビジョン)を発表しました。
議長国としてサミットをとりしきり、政権浮揚をはかる足がかりにすることをねらった「福田ビジョン」。しかし、世界のNGOは「世界を裏切った」として、温暖化防止交渉を最も妨害した国に贈る「化石賞」を「福田ビジョン」に授与するなど、評判はさんざんです。
求められているのは科学的な削減目標
「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)報告は、気温上昇を二度以内に抑えるために必要な科学的削減目標を次のように示しています。
(1)二〇一五年までのできるだけ早い時期に世界の総排出量を減少に転じさせること、とくに先進国は二〇二〇年までに一九九〇年比で二五〜四〇%削減すること(中期目標)
(2)二〇五〇年までに、世界の温室効果ガスの総排出量を半分以下に削減すること、とくに先進国は八〇%以上削減すること(長期目標)
示したのは 「法的拘束力がない」長期目標
「福田ビジョン」はこれにどう応えているか――。
第一に問題なのは、二〇二〇年までの中期目標設定を棚上げしたことです。
二〇五〇年までに六〇〜八〇%減という長期目標を示したことが“目玉”のようです。
長期目標だけを示した理由を、政府高官は次のようにのべています。「長期目標は中期目標と違って法律に明記する必要がなく、法的拘束力がない」(「朝日」五月十一日)。
法的拘束力のある中期目標を設定し、その実行に責任を負わない者が、約半世紀先の目標を並べても、世界の誰からも信用されるはずはありません。
現に、福田首相も出席した「地球規模シンポジウム」(六月十三日)で、IPCCのムナシンバ副議長は「中期目標がないと、長期目標の話をしても意味がない」とのべ、シンポジウムの座長は「五〇年という先の話ではなく、いまから始める第一歩を踏み出すことを決めないと、将来の話をしても無駄だ」と総括しました。
交渉に混乱持ち込む
第二に問題なのは、国際交渉の土台に混乱を持ち込んでいることです。
中期目標設定を拒否した福田首相は“二〇二〇年度までに二〇〇五年度比で一四%削減なら可能だ”などとのべています。これには問題が二つあります。
一つは、いま求められているのは“削減可能目標”ではなく、科学的な削減目標です。“やってみたが、達成できなかった”ではすまされないのです。
もう一つは、削減目標の基準年を一九九〇年から二〇〇五年に変更することです。これまですべての国際交渉が基準年を一九九〇年にすることを土台にしてきました。
福田首相が二〇〇五年に変更することを提案しているのは、次のようなズル賢いねらいからです。
日本は京都議定書によって二〇一二年までに、一九九〇年比で温暖化ガス排出を六%削減することを義務づけられていますが、逆に六・四%も増やしています。そこで、基準年を二〇〇五年に変更し、増やした六・四%を「ご破算」にしてしまおうというわけです。
二〇〇五年を基準にした“削減可能量”は、一九九〇年基準で計算すればわずか三〜四%にすぎません。二〇二〇年までかかって、京都議定書目標の半分しか削減しないと言っているにひとしいものです。
こういう「開き直り」で、サミット議長が務まるはずはありません。
財界の恫喝と圧力に屈して
第三に問題なのは「低炭素社会を実現するのは、一人一人の『国民』」という言い方で国民に責任を転嫁する一方で、国内総排出量の八割を占める産業部門の削減に大甘なことです。
「福田ビジョン」では、排出量取引の「試験実施」を今年秋から始めることにしています。一見すると一歩前進のようですが、本格的導入の時期は明示せず、なによりも、排出量取引の大前提である企業ごとの排出枠上限を課さないことにしているのが大問題です。
排出量取引は、削減目標に見合った排出枠を企業ごとに課し、達成できない企業が排出量を購入するものです。排出枠上限がない排出量取引などというのは成り立ちません。
大口排出部門である電気事業連合会の勝俣恒久会長は「強制的な排出枠の設定には引き続き反対」と公言し、日本鉄鋼連盟会長の宗岡正二会長も「(排出枠設定は)途上国への生産シフトが起こり温暖化対策に逆行する恐れがある」と恫喝(どうかつ)しています(「日経」六月十日)。
「化石」のような財界の恫喝と圧力に屈するのをやめ、科学的見地から必要とされる具体的な削減目標を明記した公的な削減協定を企業に義務づけることなしに、温暖化対策は一歩も進みません。
(真嶋良孝)
(新聞「農民」2008.7.7付)
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