前進座怒る富士を語る5月11日〜24日 東京・国立劇場
今から三百年前、霊峰富士山は突如大噴火。降り積もった火山灰で農民は言語に絶する苦難に襲われた。時の代官・伊奈半左衛門は幕府に窮状を訴えたが聞き入れられず、ついに意を決した彼は、農民とともに立ち上がった…。このドラマは、多発する災害、異常気象、腐敗政治に苦しむ現代の日本列島に生きる人びと、とりわけ農民の心に深い感動と共感を呼ぶに違いない―。
劇団・前進座は、十五年ぶりに新田次郎原作の「怒る富士」を再演します。一七〇七年の富士山・宝永の大噴火からちょうど三百年。山麓の村々に降り積もった火山灰に苦しむ農民を救うため命をかけた関東郡代、伊奈半左衛門の生きざまと、「亡所」となった田畑を追われ救済を訴える農民を描きます。
農に生きる青年に勇気あたえたい 嵐さん御用米を運び出して農民を救い、自らは切腹した心境は白石 今年は前進座が創立して七十七年目だそうですね。また、座長の中村梅之助さんが、このたび朝日舞台芸術賞の特別賞を受賞されました。本当におめでとうございます。圭史 ありがとうございます。前進座は二〇一一年に創立八〇周年を迎えますが、これもみなさんの支えと励ましがあってこそです。農民連は、来年で二〇周年とお伺いしました。大きな節目の年になりますね。 白石 ええ、そうです。二〇周年に向けてダイナミックな運動と情勢に見合った大きな組織にしようと、新年早々全国委員会を開き、心を一つにしたところです。 圭史 前進座は、この五月に国立劇場で新田次郎さん原作の「怒る富士」を上演します。ぜひ、二〇周年記念の文化行事の企画として、このお芝居の観劇を農民連あげて取り組んでいただけたら、さらに意義深い公演になると思っています。 白石 全国委員会のときに、俳優の妻倉和子さんに来ていただいて「怒る富士」のご案内をいただきました。主人公は、嵐圭史さん演ずる関東郡代、伊奈半左衛門ですが、もう一人の主人公は農民だというお話でした。本当に楽しみです。 圭史 関東郡代は幕閣クラスですから、今で言えば災害地復興担当大臣です。幕府の方針は、一方で幕府の予算をあらぬところに使いながら、救済・復興の手をなんら打たず、被災地を「亡所」にした。農地と農民の切り捨て、棄民(きみん)政策です。伊奈半左衛門にしてみれば、この方針どおりやればなんら自らキズを負うことはなく、仕事をまっとうできる立場です。 しかし、実際に被災地に行きその惨状を眼のあたりにし、また農民と深く交わるうちに、農地再生への強い執着を本能的に抱きつつも、行き場のない農民たちを救わねばと思うようになるんですね。高級官僚としての立場と、おのれの良心とのかっとうのなかで目覚めていくわけです。 伊奈半左衛門の心を強く動かしたのは、若き農民たちの思い、とりわけ二組の青年男女の存在でした。そして最後には、幕府の方針に反して御用蔵から米を運び出し農民を救済、自らは切腹して果てるのです。
三メートルもの灰が…ここに現物の灰を持ってきました圭史 このお話のすごさは、実際にこういう代官が実在したという歴史的事実で、伊奈半左衛門は、お上(かみ)の命に逆らった大罪人ですから、地元の農民たちの手でわずかに祠(ほこら)程度の神社にひそかにまつられ、細々と語り継がれてきたんですね。だから地元でもよく知らない人が多かったのです。初演は一九八〇年六月、ドラマの舞台、静岡の御殿場でした。私たちの公演を機に、伊奈半左衛門の銅像が農協の庭に建てられ、いまでは伊奈神社の例大祭も盛大に行われているそうです。
高木 伊奈神社の春の例大祭は、毎年四月二十九日です。銅像も神社の方に移転されました。 今日は、当時の焼き砂、富士山の火山灰を持ってきました。いまでも、裏庭の竹やぶなどを少し掘り返せば、こういう焼け砂が出てきます。“百聞は一見に如かず”―お芝居の参考になればと思います。今の小山町や御殿場市、当時は五十九カ村が一メートルから三メートルもの焼き砂に埋まったといいますからね。いかに大変な災害であったかということがわかります。 圭史 自然現象を舞台にもってくることは、至難のわざなんです。噴火の迫力をどう出していくか、導入部分で観客の関心を一気にドラマの主題へと引き込んでいく、ここが出だしの勝負どころです。 白石 私は北海道の岩見沢に住んでいるんですが、小学生の時に十勝岳が噴火しました。火山灰が流されて泥流となって被害を大きくしました。ですから、富士山の大噴火もなんとなく雰囲気がわかりますし、他人事とは思われません。 圭史 いま地球温暖化のなかで、人間の知恵というのは、自然と共生しあうというのではなく、まったく一方的に破壊してきているわけですから。自然が怒ったときの力というのは、富士山に限らずすごいですよねえ。 白石 自然の脅威というのは本当にすごいですね。自然災害によって丹精込めて育てた農作物が一瞬にしてたいへんな被害を受け、農地が失われてしまう。農民にとって災害は本当に大変なことです。 ですから、阪神大震災や新潟中越地震の時には、農民連の仲間が食料を持って真っ先に被災地に駆けつけ、激励しました。復興といっても食べる物がなくては力が入りませんから、現地では本当に喜ばれました。
「民百姓を見捨ててはならぬ」―心うつ、言葉です
高木 御殿場からたくさんの強力が登ってましたから。 圭史 「怒る富士」の公演は、特に農業にかかわる若者に将来の展望と勇気を与える舞台で、この点がとても重要です。農民連には青年部もあるんですか。 白石 ええ、あります。私の息子も後継ぎです。伊奈半左衛門が農家の娘さんの話に感動して、そういう若者を育てて被災地を再生しなければと思うわけですね。 圭史 一官僚の心を揺さぶっていくのは、そういう若い農民たちなんです。ぜひ、多くの若者に見てほしいですね。 見せ場は、伊奈半左衛門が居並ぶ幕閣に向かって、農民の救済を訴える“評定所の場”などたくさんありますが、最後に伊奈半左衛門はこう言います。「決して民百姓を見捨ててはならぬ。また民百姓から見捨てられてはならぬ」、そして「黄金の、稲穂のかなたに仰ぐ富士の姿は、どんなにか美しかろう」と。 伊奈半左衛門が自らの命と引き換えに富士と稲に託したこの言葉こそ、自然と食・農に恵まれた日本の基(もとい)の姿を言い当てているのではないでしょうか。
高木さん 地元の中学生が文化祭で上演した高木 今日はもう一つ、圭史さんに持ってきたものがあります。これは地元の新聞(岳麓新聞)なんです。昨年十二月、ちょうど富士山の大噴火から三百年だということで、教頭先生の指導で、地元の中学生たちが「怒る富士」を上演したんです。たいへん好評でした。文化祭でも上演しているそうですが、十五年前に前進座のみなさんが御殿場で公演したことが、こうして若い人たちに受け継がれています。地元では今も、伊奈半左衛門の心が息づいています。 圭史 いやあ、うれしいことですね。
白石さん 農業切り捨てへの怒りを共有できる農政を変え、地域再生を―私たちの思いと共通白石 いま、食料をめぐる問題はなかなか大変でしてね。海外では穀物の価格が高騰して、輸出規制をする時代になってきました。日本はこれまでのように海外からなんでも買えるというのは、むずかしくなってきました。日本の食料自給率は四〇%を切りましたから、食料がキチンと確保できるのかどうか、たいへん危ぐしているところです。農業生産が地域でまかなえるような仕組みをつくっていかないといけません。いまならまだ、生産の基盤が残っていますから、国内での生産をうんと増やしていくことがどうしても必要です。 圭史 幕府の棄民政策、農地と農民の切り捨ては、今の政治とまったく同じです。生産を増やすことは、当たり前の話ですよね。 白石 しかし、米の減反を進めようと東北農政局が作ったポスターが「米の作りすぎはもったいない、資源のムダだ」でしょう。こうした今の政治を何とか変えていかないといけません。 圭史 原作者の新田次郎さんは「富士山が怒るときは、世の腐敗が極みに達したときである」という名言を残されていますが、いま爆発してもぜんぜんおかしくない。ですからそういう思いを、劇団の総力をあげて上演したいと思っています。 白石 農地と農民を切り捨てるのではなく、農地を再生しよう、生き返らせよう、そういう伊奈半左衛門の思いがズシリと伝わってきます。 農民連のこころざしと本当に重なります。この事実と感動こそが、私たちに大きな勇気とエネルギーを与えてくれます。私たちのたたかいも、感動を共有していかなければエネルギーになっていきません。そういう意味からも、「怒る富士」が楽しみです。今日は本当にありがとうございました。公演の成功を期待しています。
農民連会員、新聞「農民」読者は特別料金で▼ 5月11日(日)〜24日(土)まで。ただし12日は休演。 (新聞「農民」2008.3.31付)
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[2008年3月]
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