“おいしい米を消費者に”と
お米屋さんが米づくり
若い米屋の会(若米会)会長
神奈川・小田原 志村 成則(しげのり)さん(34)
みなさんは「若い米屋の会」(通称、若米会)をごぞんじですか。神奈川県を中心に、米屋さんなど米穀業界に携わる若手の後継者集団(ただし39歳まで)です。
休耕田を借りて無農薬栽培
米袋にはズバリ「休耕田復活米」
創業140年の五代目です
いま、米の販売は、相次ぐ規制緩和の中で、ガソリンスタンドや薬局などどこでもできます。こういうきびしい経営環境の中で、若米会は、二〇〇五年四月に発足して以来、三十人を超すメンバーが、年四回の定例会をはじめサークル活動など活発な情報交換や交流を深めています。
この会の会長が、志村成則さんです。志村さんのお米屋さんは、神奈川県小田原市にある志村屋米穀店。創業がなんと明治二年といいますから、およそ百四十年も営んできた米屋さん。成則さんで店主は五代目です。成則さんのお父さん、四代目の宗男さんは「いまはどこでも米が売れますから。量販店やディスカウントショップと安売り競争してもしかたありません。長年培ってきた信用と、農家が心を込めて栽培した本当においしいお米を消費者に届ければ、かならずわかってくれます」と話します。
「復活米」はすでに完売とか
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成則さんが自ら栽培したお米
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いま成則さんがこだわっているのが、自ら米づくりをして収穫したその米を販売すること。農家から近くの休耕田を五反借り、そのうち二反で無農薬栽培をしています。昨年はこの二反から七百五十キロの収穫量
でしたが、今年は天候に恵まれて八百十キロに増収。その米袋には、そのものズバリ、「休耕田復活米」と印刷して販売され、すでに“売約済み”とか。
この取り組みは今年で五年目。十月六日、秋晴れの下、稲刈りが行われました。近くの農家からコンバインを借りての作業ですが、手なれたものです。成則さんが稲刈りをしていると、となりの田んぼの農家から「大丈夫かい、よくがんばるね」と声がかかります。森戸川沿いのこの地域は、ホタルやドジョウ、天然記念物のホウネンエビなどが生息し、富士山も見えるすばらしい環境です。
厳しい時だからこそやりがいある仕事です
看板みて食べたいと注文も
なぜ、米屋さんが米づくりを始めたのか。それは「年々、小田原からこういう場所が消えていく。この環境を後世まで残していきたい。そのためにも、米づくりをがんばって続けたい」から。成則さんの田んぼには、小さな看板が立っています。そこには、「この田んぼは、化学肥料や農薬を使用せず、鴨の親子に除草とりを手伝ってもらい…、ここで獲れた米を食べたい人はご連絡ください」と。時々、田んぼ脇を散歩する人から「食べてみたい」と連絡があるそうです。
最近、自動車販売店から新車のイベント用に「米を景品にしたい」とまとまった注文があり、新車を印刷した米袋で納品しました。こんなふうに工夫すれば、販路は広がりそうです。
「きびしい時だからこそ、やりがいがある」―若米会に集まる青年たちは、とにかく前向きです。
(新聞「農民」2007.10.29付)
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