オーストラリアへ北海道農民連調査
日豪EPA
農畜産品の輸入自由化
日本とオーストラリアの間で、EPA(経済連携協定)の交渉が進んでいます。オーストラリアの牛肉・乳製品・小麦・砂糖が関税ゼロで輸入されれば、日本の農業、特に主産地の北海道では、壊滅的な影響が出ると予想されています。
北海道農民連は三月十八日から二十三日まで、干ばつにあえぐオーストラリア農業の実態と、オーストラリアの生産者が実際に日本とのEPAを望んでいるのか、そして同じ農業者として共通理解を得ることができるのかを目的に、現地調査を行いました。
(北海道農民連 野呂光夫)
両国の生産者には
何の利益にもならない
井戸も掘れず、雨水頼みの用水
オーストラリアのNGO・AFTINET(自由貿易協定と投資に関するネットワーク)の紹介で訪れたヤングという町は、首都キャンベラから北に約三百キロ内陸に入ったところ。年間の平均降水量は六百ミリですが、〇六年はわずか六十ミリしか雨が降らず、気温は最高が四四度、最低は氷点下六度という厳しい自然環境にあります。
ここで「オーストラリアの典型的な農家だ」と自己紹介してくれたドナルド・マクファーレンさんを訪ねました。マクファーレン一家は夫婦と娘さんの三人で、八百ヘクタールの農地を半分は羊の放牧と飼料作物(エン麦)、半分は小麦とナタネを播種し、ほぼ四年サイクルの輪作経営です。しかし、農地の表土が十センチ程度しかなく、その下は岩盤で井戸も掘れず、農業用水も飲用水も雨水頼み。そのため、干ばつの被害は深刻です。牧草が枯れてしまい、餓死した羊が放置されていました。
大型農機は、羊のエサを散布するトラクターと種をまく機械(自作のもの)、牧草を集めるためのレーキくらいで、高額なハーベスターなどは買えないので作業委託しているそうで、年間所得は三百五十万円。「なかなか後継者が育たない」と嘆いていました。
また娘さんは、大学で自然環境などを学び、「自然にもとづいた農業をしたい」と戻ってきたそうです。ケガをしたり親からはぐれたカンガルーの子どもを野生に返したり、畑に木を植える活動をしています。農民連の運動にも興味を示し、活動を紹介してほしいと要望されました。
マクファーレンさんは、日本とのEPAについて「どちらの生産者のためにもならない。EPAが進められると遺伝子組み換えが許可される危険性も高い」とコメントしていました。
食肉の輸出量の43%が日本向け
オーストラリアの農水林業省や外務貿易省の担当者は、「EPAによって、日本の農家に影響を及ぼすことは望んでいないが、さらに何が必要なのか、何ができるのかを検討していきたい」「恐怖を与えるつもりはない」などと説明。
利益を得るのは現地で輸出
にかかわる日本大企業・商社
また、オーストラリア食肉家畜生産事業団では、輸出量の四三%が日本向けで、日本ハム、伊藤ハム、丸紅の食肉企業ビッグ3が最大のお得意先と説明。またオーストラリアには、雪印、明治、森永の合弁企業があり、そこで作られた乳製品が日本をはじめアジアに輸出されており、アジア諸国への市場開拓を進めています。「EPAによって、長期的安定的に供給することが可能だ。しかし、日本とオーストラリアの関係を害するようなことは望んでいない」―これが公式見解のようです。
オーストラリアの農業に入り込み、日本向けに開発しているのは日本の企業=アグリビジネスです。マクファーレンさんが言っているように、EPAはどちらの生産者のためにもならないことが、はっきりしました。
日本農業に大打撃、交渉中止を
白石淳一さん(農民連会長) オーストラリア農業は、日本の九十八倍という広大な農地を活用した放牧型畜産を軸に、典型的な大陸型農業が行われていて、農畜産物の大部分は輸出にまわさざるを得ない構造になっています。加えて、オーストラリア政府は、国家貿易企業により輸出を一元的に管理しており「隠れた輸出補助金」との指摘もあります。
また、日本の大企業、商社が輸出に深くかかわっていて、EPAで得をするのはこうした大企業や商社になりかねません。
オーストラリアのほんの一部を垣間見ただけですが、生産条件の違いを無視したEPAの推進は、日本農業に壊滅的な打撃を与えることだけは明確です。交渉の中止を求めていきたい。
800ヘクタールで所得はわずか年350万円
下元定信さん(浜中町の酪農家) 訪問したヤングの農家は、厳しい自然条件にもかかわらず、北海道の畑作農家と同じように輪作をうまく取り入れていました。
八百ヘクタールの経営なら大富豪だろうと思いましたが、年間の所得が三百五十万円しかないと聞き、信じられませんでした。しかし、自分で機械を作ったり、植林したり産直に取り組むなど、質素な生活の中でも農業に誇りを持ち、生活を楽しんでいることに感心しました。
干ばつで大変なオーストラリアの農民も、日本とのEPAで何も利益になるものがないというのが、率直な感想でした。
5月7日付は、お休みさせていただきます
(新聞「農民」2007.4.23付)
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