日経調「農政改革」提言と
日本の農業・農民
駒沢大学名誉教授 石井 啓雄(いしい ひろお)
第18回 むすび(下) 農民的土地所有を守り、日本農業の発展を
農民の土地所有と農地制度を守るために
いま日本の農民に求められていることは、食糧主権を掲げて広く国民に呼びかけ、日本農業の発展と食料自給率の向上をめざしてたたかうとともに、農村と農民の間では、むらでの協同と連帯を強めることです。そこでは、国の諸施策、すなわち中山間地域直接支払い、農地・水・農村環境保全事業、集落営農に対する助成など、最近の諸施策のほか、農業委員会制度、農地保有合理化事業、土地改良事業など既存の制度と事業のすべてを自主的に活用することを含め、みんなで協働して遊休地を減らし、むらの農地の全体を生産的に管理していくことと、農民の土地所有を守り、家族経営によって日本農業を発展させるために、農地制度の改悪に反対する運動を強めることが求められています。
その場合、重要なことが三つあると思います。その第一は、日常的には他産業で働いている若い農家後継者と、他産業に従事していた退職者などの就農を促すとともに、その人びとの運動への参加を求めることです。
第二は、今日、農民が主に普通作の農業だけで生活していくためには、相当な面積の農地を借りるなどして耕作する必要があります。今日、こうした農家は、どこのむらでも少数です。その一方で、多くの農民家族が農外賃労働と、自家農業あるいは貸地の小作料をあわせて暮らしをたてています。現在の国の施策には、この両者の対立をあおる傾向があるのですが、このような傾向に乗ることなく、賃貸借契約や小作料、作業受委託をめぐる諸問題など、両者の希望と意見を率直に出しあって話し合い、一致点を見出していく努力が必要です。
第三は、新規参入希望者の受け入れ問題です。今日、都会の青年層と初老層を中心に、農村移住と農業就業を希望する人が次第に増える傾向にあります。これについて、株式会社大企業とその子会社などの参入は、断固拒否する一方で、むらに定住して自ら農作業をするかたちで参入したいという自然人家族は積極的に受け入れることが望まれると思います。
会社に社風と入社試験があるように、農業をしたいと希望する新規参入希望者にもむらの気風とルールになじんでもらう必要がありますが、その一方で、これまでの農村に少なからずみられた排他的な気風は改めることが必要です。
新規就農希望者にはなによりも農地と住宅の手当てが必要ですが、これを不動産屋などにまかせるのではなく、農業委員会制度を活用しつつ、むらの自治の力で積極的に対応するのが望ましいと思います。そして、農地に関する権利は、少なくとも当初相当の期間は、賃貸借によるのがよいでしょう。それが、農家とむらにとって問題が生じる可能性が少ないだけでなく、新規参入者にも無駄な負担がなくてすむからです。
日本社会の民主主義のためにも
ヨーロッパ諸国は、一貫して家族経営の維持・育成を国の農政の柱としており、その立場から、日本の農地法をうらやむ声さえあります。スイスでは、自作原則にたった連邦農民土地法を一九九一年になって制定さえしています。こうしたことに逆行しようとしているのは、アメリカと日本ぐらいのものなのです。
日本社会の民主主義を守り発展させるためには、単に農地だけに限らず土地のすべてについて、国民の生活のために必要な小所有を守り抜かねばなりません。本来、すべての土地について、そういう制度が必要なはずだと、筆者は思っています。金融資産の大膨張のもとで、いつその資金が土地投機に向かわないとも限らないのです。アメリカの大資本が日本の土地をねらう可能性さえ否定はできないでしょう。法人企業と大金持ちの資産的大土地所有が生まれる可能性を未然にふさいでおくためにも、農地法とその基本的な規定、さらに関連農地制度の基本規定を守り抜くことは国民的な課題でもあります。
(おわり)
(新聞「農民」2007.2.5付)
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