日経調「農政改革」提言と
日本の農業・農民
駒沢大学名誉教授 石井 啓雄(いしい ひろお)
第11回 「提言」の空恐ろしい素人的な論議(2)
権利移動と賃貸借の解約をめぐって〈下〉
農地流動化に関する制度の展開
一九七〇年の農地法改正によって、ヤミ小作からの移行を含めて賃貸借は増えるようになりましたが、さらに借地形態での農地流動化をいっそう図るためとして、市町村の公告にかかる短期の集合的な利用権の設定・終了(農地法第三条の許可が不要で、第一九条の自動更新の適用もない)制度が一九七五年に創設されました。
それが農振法中への農用地利用増進事業の創設であり、これが一九八〇年には農用地利用改善団体の制度などを加えて農用地増進法という単独法となり、さらに一九九三年に基盤強化法に改名されました。そして今では、農地法をベースとしながらも、農地の権利移動(流動化)は所有権移転を含めて、基盤強化法によるものが増えています。それは、その方が所有権の保全が確実であり、申請書類の準備や登記手続きなどで、農業委員会のサービスもあるからです。
ここで、以上に関する実績統計を掲げておけば、表1、2のとおりですが、農地法第二〇条にかかわる解約は、今ではほとんどが通知事案(合意解約と十年以上の期間満了)になっていることと、基盤強化法による終了も非常に多いことが明らかです。基盤強化法の利用権の存続期間は、五年あるいは十年といった契約が次第に増える傾向にありますが、その両当事者間の関係は一般に良好です。また農地法と基盤強化法の双方にわたって、農民の間に民法の特別法を必要とするような賃貸借の存続期間の延長要求など、どこにも存在していません。
それもそのはずです。なかば自作地化している改革残存小作地を別として、一般に農地賃貸借に一定の期間が必要なのは、投資の回収と耕作の安定のためですが、農業用の機械や施設の投資は十〜二十年あればまず回収でき、大規模な土地改良では有益費の償還請求をすればよいからです。そしてなによりも、権利移動統制に加えて、そうした問題を小作料問題なども含めて調整する公的機関として農業委員会が存在しているからです。
「提言」の欺瞞性
以上をまとめて言えば、「提言」の長期の農地定期賃貸借必要論は、法律論としてはまったく成り立たない素人論議、実態との関連で見れば無意味な空論です。そして「議事録」をよく読むと、財界人の一人、二人がこの問題をいささか強く発言し、それがそのまま「提言」に取り込まれてしまっているというお粗末さも感じられるのですが、委員長や主査が民法の規定など当然に知っている上でのことであれば、それは普通の人を誤らせるための意図的な欺瞞(ぎまん)論だと言わざるを得ないことになります。中途解約の問題についても同様です。
統制廃止の事後チェック論と第三者機関設置論は大問題であり、農地転用の問題もからむので、次回以降に取り上げることとし、ここでの最後に公的第三者機関への中間保有機能付与の問題については、すでに三十年以上前から農地保有合理化法人が存在していること、情報開示の問題については、新規参入希望者の紹介・斡旋(あっせん)まで加えて、全国農業会議所と道府県の農業会議などが、すでに二十年近く前から手がけていることを指摘しておきましょう。
(つづく)
(新聞「農民」2006.11.20付)
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