「農民」記事データベース20060911-747-17

この農業への“熱い心”高らかに


 映画“恋するトマト”を製作・主演した

    大地 康雄さん

〔プロフィル〕だいち やすお 1951年、熊本県生まれ。沖縄県八重山商工高校卒業。75年、伊藤雄之助の付き人として働くかたわら、テレビドラマ「剣と風と子守唄」(NET)で俳優デビュー。79年、「衝動殺人・息子よ」(木下恵介監督)で映画デビュー。87年、「マルサの女」(伊丹十三監督)で圧倒的な演技力を印象づけ、以降「マルサの女2」「ミンボーの女」と伊丹作品に欠かせない存在となる。毎日映画コンクール助演男優賞、アジア太平洋映画祭主演男優賞などを受賞し、最近では藤沢周平原作の大ヒット映画「蝉しぐれ」(05年、黒土三男監督)で重厚な演技を披露している。また「火曜サスペンス刑事鬼貫八郎」シリーズ(NTV)などで、お茶の間での人気も高い。


 いま日本の農業後継者とフィリピン女性との交流を描いた映画『恋するトマト』が評判を呼んでいます。五月の東京・銀座、新宿上映を皮切りに、全国公開上映中です(スケジュール別掲)。結婚難は農村に限らず、いまや都市を含めて全国的な現象になっていますが、日本農業の厳しい状況のなかで、人間にとって大切なものは「土と水と太陽、そして、あなた」だという“農業への熱い心”を高らかにうたい上げています。『恋するトマト』の企画、脚本、製作総指揮、主演と一人で四役を務めた大地康雄さんに、この映画にかけた“思い”と“苦労話”を語ってもらいました。


人間にとって大切なのは
“土・水・太陽とあなた”です

 結婚あきらめた農業後継者たち

 「農業後継者に嫁さんが来ない」という話は新聞などで知ってはいましたが、うちのスタッフで茨城の農家出身の女性から「同級生に独身青年がいっぱいいるよ」と聞き、彼女の紹介で早速、取材に入ったんです。

 ところが、なかなか話してくれなくて苦労しました。十回、十五回とお見合いに失敗した方が多くて、待ち合わせした場所に現れないんです。「どこへ行ってたんですか?」と聞いたら、「釣りに行ってた」とかね(笑い)。いつも畑の中で、しゃべる相手がいないもんで、話すのが苦手なんですね。それでも一緒に農作業をして汗を流し、一緒に酒を飲み、ともに時間を過ごしていくうちに、私が本気だということが分かってきて、皆さんポツリポツリと話し始めてくれました。

 「三十五歳までは(見合いに)トライしたけど、それからは自信をなくした」とか、皆さん、結婚をあきらめているんですね。そして両親の高齢化で「農作業できるのも、今年いっぱいかな?」と心配しています。

 農業を継ぐ人がいなくなって、畑も田んぼも荒れ放題になっていく現実をマザマザと見せつけられている。だからこのまま農業をする人が一人もいなくなり、食料自給率がゼロになったとき、輸入がストップされたら大変なことになるぞと。そのことを皆さん、よく知っておられるんですね。

 農村に通い取材に取材を重ねて

 出版物などで『食料危機』とか『農業危機』とかの本、かなり出ていますが、なかなか取っつきが悪くて、一般の若い人たちに読んでもらえないですね。日本農業が抱えている深刻な問題は「そのうち何とかなるだろう」ではなくて、今のうちに真剣に対策を立てていかないと「取り返しのつかないことになる」と痛感させられました。

 そして「これ、映像にしたら多くの人たちに観てもらえるんじゃないか」と思ったんです。この問題を日本映画で正面から取り上げたものがないですから、話を聞いた以上、やるしかないぞと心に決めて、仕事の合間をぬって四年くらい農村に通いつづけたんです。

 それから茨城とフィリピンで取材に取材を重ね、まず台本作りに取りかかりました。しかし私は理屈っぽい映画、好きじゃないんです。ドキュメンタリーという方法もあるけど、映画である以上、娯楽性を盛り込んだものにしたい、と。

 故郷に似た湖と田んぼの風景が

 原作『スコール』(集英社)を書いていただいた作家の小檜山博さんとも相談して「娯楽で行こう」となり、脚本もお願いしました。とても面白い本なんですが、主人公がモンテンルパ刑務所を脱獄する話の部分だけで五時間くらいの分量になってしまう。それで「ラストシーンと『土と水と太陽、そして、あなた』というメッセージをカットしないなら、大さんが映画用に書き直していいよ」という許可をもらったんです。小檜山さんは北海道の開拓農家出身で、農業への思い入れが強い人なんですね。

 主人公の恋人になるフィリピン女性「クリスティナ」には実在のモデルがいるんです。たまたま成田空港で知り合った人ですが、日本人と結婚していて、フィリピンの実家が湖と田んぼがある所で、茨城の霞ヶ浦とよく似ているんです。主人公がフィリピンでヤクザ家業に走ったときに、自分の故郷に似た農村風景を見て、思わず車を止めるシーンにふさわしい場所になると思いました。

 トマト作りを6年がかりで成功

 映画では「トマト」が重要な役割を果たしています。日本の農家の中年男とフィリピンの女性との「恋」と「農業」を象徴するものなんです。しかしトマトを種から苗、大きな実になるまでのシーンを撮るのが大変で、六年がかりでした。一年目に日本のトマト四種類で挑戦してみましたが、青枯れ病で全滅。「大根だったらできる」と言われたんですが、『恋する大根』ではね。(笑い)

 ところがフィリピンで農業にこだわっている日本人の方がいて、実は私の知らない所で毎年、トマトの品種改良に挑戦していたんです。六年たって、ある日、電話で「大地さん、できたよ」と知らせてくれたんです。

 あのときは感動しました。それで「映画を何としても作れ」ということなんだと思い知らされました。私が映画作りに挫折しかかったときも、陰でコツコツ努力をつづけていた方がいたんですね。

 この映画が完成するまでの十四年間に、たくさんの人たちから言葉で表せないほどのお力添えをいただきました。人と人との人間関係、スタッフや共演者を含めた「人との出会い」で完成した“壮大なドラマ”だと思っています。ギリシャの人たちにも観てもらったら、涙を流して感動してもらいました。恋と農業に国境はないんですね。


 
『恋するトマト』公開スケジュール(9月以降)
9月2日〜 山形フォーラム山形
〃 9日〜 シネマパニック万世館石垣
〃 9日〜 シネマパニック宮古島平良
〃 16日〜 シネマルナティック愛媛
〃 16日〜 シネマクレール岡山
10月7日〜 桜坂劇場沖縄
〃 22日〜 深谷シネマ埼玉
以下順次  四日市中映三重
      八戸フォーラム青森
      盛岡フォーラム岩手
      福島フォーラム福島
      シネマテークたかさき群馬
      TOHOシネマズ緑井広島
      明石東宝兵庫
      浜松東映劇場浜松
      シネマ5大分
(注)なお問い合わせはゼアリズエンタープライズ(03―3542―1951)へ

(聞き手)角張英吉
(写 真)関 次男

(新聞「農民」2006.9.11付)
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2006年9月

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