矛盾深まるWTOに対する根本的対案いまこそ食糧主権確立の旗を
WTO交渉は「危機に直面」し、「失敗」の可能性もある(ラミーWTO事務局長)――。 また、アメリカのある有力議員は「農家の利益にならないなら、合意はない方がまし」と言ったそうですが、彼らの政治的思惑を脇におけば、私たちもまた「自由貿易主義をゴリ押しし、世界中の農民を破滅に追い込む『合意』はない方がまし」と考えます。 WTOの十一年間、日本では、増えたのは米をはじめとする農産物の輸入と消費者の食に対する不安であり、下がったのは農産物価格と食料自給率でした。世界の農民の生活破壊と貧富の格差もこれ以上がまんできない状態になっています。 なお予断を許しませんが、この十年あまり、世界の農業問題の元凶であったWTOから脱却し、食糧主権にもとづく各国の自主的な農業政策と貿易ルールの確立に向けて大きな歩みを踏み出すことができる――いま私たちは、そういう地点に立っているのです。 今後、交渉はどうなるのか、WTOに代わる展望はどこにあるのかをさぐりました。
*食糧主権の内容と世界の農民の状態については「農民連ブックレット」をごらんください。 政府は財界と連携して妥結へ「最大限の努力」昨年十二月、香港で開かれたWTO閣僚会議は「空っぽの合意」に終わり、決着期限を今年四月に引き延ばしました。しかし、四月には会議を開くことさえできず、“今度こそは”と、六月三十日から七月一日にかけて開いた非公式ミニ閣僚会議は「主張がかけ離れすぎており、これ以上交渉を続ける意味がない」として決裂。「年内合意困難」「長期凍結の公算」といわれる事態になっています。 しかし来日したラミーWTO事務局長は「凍結」論を否定し、「交渉に凍結はない。あるのは成功か失敗かだけだ。凍結した交渉は電子レンジで解凍すれば元通りになるものではない」と述べました。(「日経」七月六日) 次々に決着期限を先延ばしにしてきたものの、いよいよドン詰まりになって、「失敗」を避けるために、日本に譲歩を迫る思惑からの発言です。 問題なのは、これに対する日本政府の対応です。二階経済産業大臣は「経団連などと連携して、年内妥結に向け後押しする」と応じました。 さらに石原農水事務次官は「改革を迫っているWTOがどうなろうと、農政改革は引き続きやっていく」と述べ、圧力がなくなっても農政改革を強行する意図を表明しました。
身勝手な「合意」ゴリ押しするアメリカの二重の横暴WTO推進側が「年内合意」にこだわる理由はアメリカの事情です。アメリカでは憲法上、通商交渉権限が議会にあり、政府が結んだ協定を議会が修正できることになっています。政府が結んだ協定が議会によってひっくり返される可能性をもったままでは、交渉は成り立ちません。そこで、議会が大統領に対して期限を区切って「一括交渉権限」を与え、議会は修正権を放棄するという仕組みになっています。 その期限切れが来年六月末。「年内合意」は、徹頭徹尾アメリカの都合にあわせたものです。 もう一つの横暴は、交渉内容にかかわることです。農産物輸出大国アメリカは、生産コストを大幅に下回る価格で農産物を輸出し、コストと輸出価格の差額を企業的農業と農家に“不足払い”しています。国家補助によるダンピング(値引き)輸出です。 国連機関の一つ(国連開発計画)は、ミニ閣僚会議の前日(六月二十九日)に公表した報告で、アメリカが小麦や米をコストの半値〜三分の二で輸出し、そのための補助金が九五年から〇一年の間に百倍以上になったと指摘、ダンピング輸出による「価格崩壊がアジアの農村の失業を増大させ、貧困を助長している」と告発しています。 基本的に農産物を輸出していない日本とは違い、アメリカの農業補助金は、国連機関でさえこう指摘しなければならないほど貿易をゆがめ、世界の農業に深刻な打撃を与えている元凶です。 ところがシュワブ・アメリカ通商代表は「他の国がアメリカ提案に合わせるべきだ」と述べて、WTO交渉の最大・緊急の課題に手を付けることを拒絶し、日本などには米の関税を七分の一以下に引き下げることを強要しています。 「世界はアメリカのためにある」といわんばかりの身勝手さです。
すべての加盟国の意見を反映した交渉をこういうアメリカを“盟主”とするG6(EU、日本、オーストラリア、ブラジル、インド)が話し合い、トップダウンで百四十九の加盟国に年内合意を押しつける――これがWTO推進側のねらいです。しかし、突然ミサイルを発射した北朝鮮のやり方とは質が違うとはいえ、アメリカの身勝手さは世界の非難の的。アメリカを中心に年内打開をはかるのは、WTOに対する信頼を決定的に掘り崩すことにならざるをえないでしょう。 また、G6メンバーであるブラジルとインドを含む発展途上国百十カ国の代表は七月一日に共同声明を発表し「すべての加盟国の意見が反映され、透明で閉鎖的でない合意作り」の重要性を強調しました。声明はさらに、最も貿易わい曲的な(アメリカ・EUの)農業補助金を廃止すること、工業製品の関税引き下げの強要によって発展途上国の工業発展の芽をつまないことなどを求めています。 七月一日の記者会見で、インドの通商大臣は「農民の生存と生活を交渉の対象にしてはならない」と訴え、インドネシアの貿易大臣も「食糧と生活の安全保障と農村の発展を交渉の優先課題とする」ことを強調しました。 「年内合意」が実現しないとしても、WTOが消えてしまうわけではなく、世界経済がメチャクチャになるわけでもありません。WTO加盟国の四分の三を占める国々の閣僚たちが共通して訴えた「今こそ熟考の時だ」という意思を尊重することこそが求められています。 農業・食糧の分野では「熟考」の対象に、WTOに対する根本的な対案である「食糧主権」も含まれることは間違いありません。食糧主権確立の旗を高くかかげて進むときです。
食糧主権宣言(案)ブックレットが完成多くの人びとに普及しよう農民連が発表した「食糧主権宣言(案)」と五月の国際フォーラム「WTOから食糧主権へ」を収めたブックレット(雑誌「農民」臨時増刊号)ができました。第一部「食糧主権宣言(案)」は、WTO交渉が行き詰まるもとで、世界と日本の農と食をめぐる危機的な状況を打開し、日本農業の発展と安全・安心な食料を求める人々の討論・検討の礎となるものです。新聞「農民」に発表したものに、情勢の進展に応じて必要な改定を加えました。 第二部は、国際的農民組織「ビア・カンペシーナ」に加盟する東南・東アジアの農民を招いて五月に開いた国際フォーラム「WTOから食糧主権へ」の各国代表の発言、あいさつを全文掲載。各国代表が準備した図表も掲載し、発言内容とフォーラムの全体像をつかめるようにしました。 フォーラムでは、WTO・多国籍企業の支配のもとでの農民の苦悩が語られるとともに、農業の未来を切り開く「もう一つの流れ」を、国際連帯の力で強く、大きくする確信に満ちあふれました。 WTO交渉・品目横断対策とたたかう大局的な方向を示しているブックレット。日本の食と農の明日を真剣に考える、すべての人々に読んでいただくことを希望します。 特別価格五百円。注文は、農民連まで。
(新聞「農民」2006.7.17付)
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[2006年7月]
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