異常気象と食糧生産
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―農業のはなし―
お茶の水女子大学名誉教授 内嶋 善兵衛
気象温暖化は農業に脅威
大気の温室効果教えた宮沢賢治
日本人に地球大気の温室効果の大切さを教えたのは、東北が生んだ詩人―宮沢賢治でした。たびたび襲う冷害から稲を守るために、カルボナード火山を爆発させて炭酸ガスを大量に噴出させ、冷たい夏を暖かい夏にかえる童話を一九三三年(昭和八年)に発表しています。
ごく少数の学者は別として、一般人は炭酸ガスにそのような働きがあることをまったく知りませんでした。
全生物にとって命の恩人なのに
半径六千三百七十キロの球―地球は、わりに濃密な大気で包まれています。それは地上での気圧(大気の重さが地面に及ぼす圧力)が、一〇一三ヘクトパスカルであることからもわかります。でも、晴れた日には太陽はサンサンと輝き、大気のあることを感じません。世界中に張りめぐらされた気象観測所のデータによると、地面近くの気温の地球平均値は、セ氏約一五度です。一方、大気のない裸の地球の温度は、約氷点下一八度になると気象学は教えています。
大気に包まれることで、地面近くの気温は三三度も上昇しているのです。この三三度が地球大気の温室効果なのです。このおかげで、地表近くの温度は多くの生物たちの生活できる範囲にあるのです。そう思うと、大気の温室効果は、人類だけでなく地球上の全生物にとって命の恩人なのです。それにもかかわらず、温室効果が目の敵(かたき)にされているのはなぜでしょうか?
源は炭酸ガス・水蒸気・メタン…
四十億年におよぶ地球自体と生物群との休みない営みによってつくられた地球大気は、表のように二つに分けられます。第一は、大気の骨格を作っている窒素・酸素などで、その含有量
は場所・季節・高さでほぼ一定です。もう一方の炭酸ガス・水蒸気・メタンなどは、場所や季節などで変化します。しかも炭酸ガスなどは、ごくわずかしか含まれていませんが、熱のやりとりに関与する赤外線を吸収したり放出したりする特殊な性質を持っています。それゆえ、このガス類が増えると、地表近くに熱エネルギーがこもり、温度が上昇するのです。ですから、炭酸ガス・水蒸気・メタンなどは温室効果
ガスと呼ばれ、大気の温室効果の源なのです。
“命の恩人”に手をかけた人類
人間は、生物のなかで非常に特殊な動物で、言葉と文字を操り、自然を理解し操作する科学と技術を開発しました。これらが大規模に行われ始めたのは、十八世紀半ばの産業革命からです。これにより産業活動が盛んになり、人口も急増し林野は耕地へと転換されました。また、大昔の薪(まき)炭から石炭・石油などを大量
に使用する時代へと様変わりしました。この結果、森林や地中深くに蓄えられていた炭素が炭酸ガスやメタンとして放出され、大気中の濃度は急上昇し続けています。これをまとめると図のようになります。
約二百年前、炭酸ガス濃度は二八〇ppmでした。その後の二百年間に森林破壊で千九百億トン、化石燃料の使用で二千八百億トンの炭素が大気中に放出されました。放出炭素のすべてが大気中に残ると、濃度は約五〇〇ppmになるはずですが、西暦二〇〇〇年の濃度は、三六〇ppmでした。これは人類が放出した炭素量
の四〇%が大気中に残り、あとの六〇%は森林と大洋に吸収されたためです。
それでも、二百年間に八〇ppmvも上昇しました。最近は一年間に一〜二ppmvずつ上昇しており、私たちは無限と思われる大気を変質させています。このような急激な濃度上昇と、それによる温室効果の急な強まりが、地球生態系や農業にとって脅威なのです。
(つづく)
*ppmvはガスの体積割合を示す単位
(新聞「農民」2006.5.15付)
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