異常気象と食糧生産
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―農業のはなし―
お茶の水女子大学名誉教授 内嶋 善兵衛
作物の成長に多量の水が必要
農作物にとって水は“命の綱”
私たちの体は、体内の細胞に栄養分をくばり、細胞で生じた新陳代謝物を体外へ運び出すためにたくさんの水を必要とします。粗い計算によると、成人男子は毎日二リットルの水を摂取するようです。食物は一週間ぐらいとらなくても、体内の脂肪分などを利用して生き続けられます。しかし、水は二、三日も飲まないと、危険状態におちいるようです。これが水は命の綱といわれる由縁です。
このことは、私たちの生存エネルギーを生産する作物にもそのまま当てはまります。パイナップルやシーザル麻などの特殊な作物をのぞいて、一般
の作物は太陽の輝く日中、葉面に開いている小さい穴―気孔(きこう)を通
して、大気中の二酸化炭素を吸収して有機物を作ります(図)。この有機物内に蓄えられた太陽エネルギーが、私たちの生存エネルギーです。気孔の内部は湿った細胞に接しています。それゆえ、日射があって気孔が開き光合成をおこなっている時には、外から内へと二酸化炭素が流れ、水蒸気は逆に外へと流れ出てしまいます。外への水蒸気の流出は蒸散と呼ばれ、一見水の無駄
な浪費のように見えます。
しかし、水の蒸発にはたくさんの熱エネルギーが必要で(水一グラムを蒸発させるには五八〇カロリーの熱が必要)、このおかげで作物葉は強い太陽光の下でも火傷(やけど)せずに、光合成活動を維持できるのです。すなわち、蒸散は作物にとって一種の液冷の工夫なのです。
どれくらい水を蒸散しているか
自動車などの液冷エンジンは冷却液を循環させているので、液量は一定ですみます。しかし、作物の冷却液―水は蒸散して空気中へ失われてしまいます。それゆえ、失われた水を次々と補給しなければなりません。補給するのは農地に降る雨であり、灌漑(かんがい)水です。作物が成長し収穫するまでに、葉面からどれくらいの水が失われるのでしょうか。いくつかの結果をまとめると、作物体(乾物量)一トンを作るのに要する水量は、トウモロコシ、ソルガムなどで二百〜三百トン、イネ、コムギなどで三百〜四百トン、マメ科作物で五百〜六百トンになるようです。水田では水面からの蒸発や漏水でも水が失われるので、さらに多くの水が必要になります。
(つづく)
(新聞「農民」2006.3.27付)
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