「農民」記事データベース20060313-723-08

  異常気象と食糧生産 》9《
―農業のはなし―

お茶の水女子大学名誉教授 内嶋 善兵衛


作物、果樹の大敵・春の晩霜

 移動性高気圧が霜夜を招く

図 夏から冬へ、また冬から夏へと季節が移行する時期、日本列島上を西から東へ移動性高気圧が流れてゆきます。図のように高気圧の中心が日本にあると、多くの地方で穏やかな晴れた日が続きます。このような日には、日没とともに地面 や植物の温度はぐんぐん下降し、夜明け前に零度を切ると、その表面には白く霜がむすぶのが普通 です。秋末に起きるのが早霜(はやじも)で、春先に起きるのが晩霜(おそじも)です。

 春先の作物、果樹は低温に弱い幼葉、幼花、つぼみをつけているので、霜夜に遭うと一夜にして大被害が発生します。例えば、明治三十九年(一九〇六年)春に関東甲信地方を襲った霜は桑の若葉を全滅させ、唯一の輸出品だった生糸生産が激減。日露戦争の戦債返済に苦労していた政府は大混乱になりました。昭和六十二年(一九八七年)の四、五月には北日本、東日本で相当な霜夜が発生し、果樹農家に大打撃を与えました。

 霜凪は恐ろしい霜害の前兆

 大きな移動性高気圧の中心域では風が弱く、日没後は足元から冷気がしのび寄ってきます。穏やかな晴れた夜は、より多くのエネルギーが赤外線として冷たい乾いた天空へ失われるので、地面や植物が強く冷えるのです。それゆえ、高気圧に覆われた穏やかな夜は霜凪(しもなぎ)と呼ばれ、農家に恐れられています。この冷却は放射冷却と呼ばれています。

 晴夜にさらされた植物葉の温度は、風が弱いほど気温より低くなります。春先の霜凪時によく見られる一平方メートル当たりマイナス六九・八ワット(=一平方センチメートル・一分当たりマイナス〇・一カロリー)では、風速二十センチメートルで気温より二度も低くなります。風が増してくると、少し暖かい空気から熱エネルギーが葉に与えられるので、葉温は気温に近くなってきます。これは夜間に作物の周辺の空気をかく乱してやると、作物葉の温度の異常な低下を防止できることを示しています。これを実用化したのが、茶畑上に設置された防霜ファンです。

 
表 防霜ファンの効果面積(青野、1982)
馬力
幅、m
奥行き、m
面積、m2
1.0
16
18
288
2.6
22
23
748
3.3
25
23
975

 霜凪の夜には畑上の気温は地面から上方へゆくにつれて高くなっています。四〜五メートルのポール上の下向き防霜ファンは暖かい空気を植物へ吹きつけるので、霜凪の夜には二〜三度の昇温効果 があります。十アール当たり一馬力のファン三台が標準のようです。防霜ファンの一基当たりの効果 面積は表のようになります。ただ、強い寒気が張り出して、四〜五メートルの高さの気温がマイナス一度以下になると防霜効果 は見られなくなります。

(つづく)

(新聞「農民」2006.3.13付)
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2006年3月

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