異常気象と食糧生産
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―農業のはなし―
お茶の水女子大学名誉教授 内嶋 善兵衛
冷たい風を弱め稲穂を守る
低温注意報のたびに深水かんがいで幼穂を守って、やっと出穂・開花期を迎えます。それは北日本では八月上旬です。これは冷害の源であるやませ風のもっとも発達する時期です。低層雲をともなって冷たい偏東風が陸地めがけて海から押し寄せてきます。
北海道の稲作地では、晴れ間が多いのに冷たい風が吹きわたり、やっと出穂した稲も開花受粉が不十分で、不稔籾(もみ)が多く発生します。これは晴冷型の冷害と呼ばれています。
太陽エネルギー上手に利用して
実験から日最高気温が二三度を切ると、不稔歩合は急増し、二〇度以下になるとほぼ一〇〇%になることが知られています。晴冷型の冷害を防止するには、晴れ間に入射する太陽エネルギーを上手に利用することです。経験から太陽光が当たると暖かくなることを私たちは知っています。この経験に基づいて、植物の葉温と風と太陽エネルギーとの関係を物理的に考察すると図1のようになります。
昼間には太陽からエネルギーが葉に与えられているので、葉温は気温より高くなります。とくに、まあまあの太陽エネルギー(一平方メートル当たり二七九ワット=一平方センチメートル・一分当たり〇・四カロリー)があり、風速が毎秒五十センチメートル以下だと、葉温は気温よりも三度高くなります。この状態を作り出すには、水田を吹きわたる冷風を弱めてやればよいのです。
晴冷型冷害の防止に効果あげる
昔から防風林がよく作られていましたが、約二十年前から高さ二メートルの寒冷紗ネット(一一〇番網)を主風向に直角に水田上に張る方法が行われ、晴冷型冷害の防止に効果
をあげています。寒冷紗ネットを張った時、水田上の風速と水田水温がどの程度変化するかが図2に示されています。ネットで風速を弱め、空中の渦を小さくしてやると水田に入射した太陽エネルギーの多くが稲の体温上昇に使われます。このため、冷たいやませ風の中でも稲穂の温度を危険レベル以上に保ち、不稔歩合の急増を抑え、作柄の低下を妨げるのです。
図1には、太陽光のない夜間における関係も示されています。夜には植物は目に感じない赤外線のやりとりでエネルギーを天空に失っています。霜のむすぶ夜のエネルギー損失は、一平方メートル当たり三四・九ワット(=一平方センチメートル・一分当たり〇・一カロリー)の大きさになります。このような条件では、風を吹かしてやると、葉温を気温に近づけることができます。これが茶畑の霜害防止用の送風機の原理です。これは次回で詳細に説明します。
(つづく)
(新聞「農民」2006.3.6付)
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