庶民の暮らしの中に根をすえ
権力と悪政に立ち向かう
生きざまを描いてきて
『藩医 宮坂涼庵』の作家
和田はつ子さんに聞く
〔プロフィル〕 1952年東京生まれ。日本女子大学大学院修了。1986年、教育問題を扱った『よい子できる子に明日はない』を出版。『お入学』というドラマの原作となり、一躍脚光を浴びる。1994年、『ママに捧げる殺人』で念願のミステリー・デビューを果たす。
著書にサイコ・ミステリー(心理分析官・加山知子シリーズ、法医学者・田代ゆり子シリーズ)、民俗学サイコ・ホラー(日下部遼シリーズ)のほか、『育てる食べるフレッシュハーブ12か月』『藩医 宮坂涼庵』『口中医桂助事件帖・南天うさぎ』など多数。
「しんぶん赤旗」日曜版で連載された『藩医 宮坂涼庵』(新日本出版社)が初の時代小説だったという和田はつ子さん。涼庵のモデルは東北の“赤ひげ”建部清庵(たけべせいあん)でした。和田さんは、これまでミステリー・ホラー作家として数多くの作品を書き、民俗学と食文化に詳しい「日下部(くさかべ)助教授シリーズ」が好評で、この一月には『悪魔のワイン』(角川ホラー文庫)が出版されます。そして時代小説は昨年十一月に『口中医桂助事件帖―南天うさぎ』(小学館文庫)を出版。今年は事件帖(2)『手鞠花おゆう』を二月に、事件帖(3)を六月にと続けて出版します。
新聞「農民」読者の皆さん、明けましておめでとうごさいます。
赤旗日曜版で『藩医 宮坂涼庵』を連載させていただいたとき、女性の方の反響が多く、男性は早坂暁さんの『花へんろ』一辺倒だと思っていました。でも男性にもファンがおられたことを知り、こんなにうれしいことはありません。(笑い)
ハーブ好きが書くきっかけ
「日下部シリーズ」は、薬草や食文化に関することが重要な役割を果たしています。「涼庵」は医者ですから薬草は当然ですが、食べられる山野草が登場します。ワラビやゼンマイ、フキノトウなどは山菜として珍重されていますが、飢饉(ききん)の時はそれしか食べる物がなく、お腹をこわしたり、中毒死する人が出たんです。栄養不足のため、免疫力や抵抗力が弱かったのだと思います。
私が野草に興味を持ったきっかけはハーブでした。もともと植物が好きで、自宅の庭で草花を育てていたこともありますが、ある出版社から「ハーブを使った少女小説を書いてほしい」という依頼がありましてね。
もう十五年くらい前になりますが、当時は“ハーブブーム”が始まった時期で『かわいいクッキーと小さな魔法つかい』など、子ども向けの読み物を書きました。そのためにハーブや野草をずいぶん勉強しました。
ホラーらしいホラー小説を
私は結婚して三十四歳まで実家の出版社を手伝っていましたが、教育問題を扱った『よい子できる子に明日はない』が『お入学』というドラマになったりして、以来、受験とか教育関係の本を書いていました。でも小説が書きたかった。
小説といっても私小説ではなく「構築された世界」です。それを書くにはホラーが適しているんではないかと…。当時、アメリカのホラー映画にひかれるものがあって、それで「ホラーらしいホラー小説を書きたい」と思ったんです。
それが『ママに捧げる殺人』に始まる「心理分析官 加山知子シリーズ」「法医学鑑定人 田代ゆり子シリーズ」から『木乃伊仏(みいらぶつ)』の「文化人類学者 日下部遼シリーズ」へと続くミステリー・ホラー小説になりました。今年一月に「日下部シリーズ」の『悪魔のワイン』が出ます。
涼庵のモデル東北の赤ひげ
ところが日曜版編集部から「時代小説を書いてみては?」という相談を受けたわけです。私は山本周五郎の『赤ひげ診療譚』や藤沢周平の『三屋清左衛門残日録』などが好きでしたので、気持ちが動きました。
中学生のころに黒沢明監督の映画『赤ひげ』を
観て感動を受けた一人
ですが、原作を読み返してみてビックリ。内科や外科だけでなく、精神科の患者や依存症の若者も治していたんですね。それで江戸時代の医者を主人公に小説を書こうと…。
そのころ、たまたま『木乃伊仏』の取材で山形・庄内地方の鶴岡に行った帰りに岩手県一関市に寄り、東北の“赤ひげ”ともいうべき建部清庵の足跡を訪ねたんです。
『みちのくの挑戦・建部清庵と飢饉の時代』(毎日新聞社盛岡支局)に詳しく書かれていますが、江戸時代にオランダの医学書『解体新書』を翻訳した杉田玄白たちと交流があり、多くの優秀な人材を育てたこと、飢饉救済のために『民間備荒録』を出して被害を最小限にとどめようとしたこと、また一関藩の藩医であり、名医であったことが分かります。
医者を助ける女性が主人公
『宮坂涼庵』では庄屋の後妻ゆみえが涼庵を助けて活躍します。女性が主人公なんです。でも当時は男性社会でしたから、タイトルは「宮坂涼庵」としました。(笑い)
『口中医桂助事件帖』は反骨の歯医者が主人公です。「日下部遼」も反権力の助教授です。庶民の暮らしの中に根をすえた「愛すべき人物」が、権力と悪政に立ち向かう生きざまを描いていきたい―そう思っています。
(聞き手)角張英吉
(写 真)関 次男
(新聞「農民」2006.1.16付)
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