「農民」記事データベース20050725-693-07

旬の味


 六月下旬の蒸し暑さのなかで、静岡では二番茶の収穫が始まった。茶は加工方法で緑茶にも紅茶にもなる▼今でこそ「国産紅茶」は珍しくなってしまったが、実は明治七年に日本の紅茶生産は始まった。中国から製茶技師を招いたり、インドへ研究員を派遣したり、国を挙げての生産振興が行われた。そして明治二十年のロンドンを皮切りに、日本紅茶は外国に輸出されるようになり、多い時には八千トン以上も生産され、輸出されていた▼ところが昭和四十六年の紅茶の輸入自由化によって、外国から安い紅茶が大量に流入し、国内の紅茶生産は壊滅的なダメージを受けた。そして現在は年間わずか四十トンの紅茶が生産されるのみだ。反面、外国からは毎年一万八千トンも輸入されている。ほんの数十年の間に、紅茶の輸出大国だった日本は、輸入大国へと変ぼうしてしまった▼最近は紅茶ブームと消費者の理解のもとで国内の紅茶生産も息を吹き返しつつある。作り続けることで「国産紅茶」をもう一度よみがえらせたい。

(歩)

(新聞「農民」2005.7.25付)
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2005年7月

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