近づく農業委選 地域農業振興へ農民連会員の活躍に高まる期待の声全国三分の二の自治体で行われる、いっせい農業委員会選挙(七月十日投票)が間近に迫ってきました。全国でがんばる農民連会員の農業委員の取り組みを紹介します。
福島・川俣町女性ならでは…多彩な実績6期めざす斉藤房子さん「待望の学校給食の実現も間近です。地産地消を取り入れ、農業と子どもが元気の出る給食にしたい」。福島県川俣町の農業委員、斎藤房子さん(59)は、一九九〇年以降、連続五期務め、今度六期目に挑戦します。
学校給食実現へ若いお母さんたちの要望が強かった学校給食。斎藤さんは、農業委のなかで、一刻も早い実現を一貫して主張してきました。予算要望や建議に盛り込んできた結果、町も実施する考えを示し、実現まであと一息です。人口一万七千人の中山間地で、かつては絹織物の町、養蚕業が盛んだった川俣町。今は町の特産として、シャモ鶏の飼育に力を入れています。 毎月の農業委員会では、二人の委員が意見発表。町の農業について考えているところを忌たんなく言い合います。 「農民の代表としての農業委員会の役割を守り、運営の面でも農民が主人公を貫く」が信条の斎藤さん。農業委の活性化、民主化に力を発揮してきました。最近まで、海外旅行に行っていた農業委。斎藤さんが、やめるよう主張した結果、今では、他自治体の直売所・加工所見学などの研修に改善され、視察、交流におう盛に取り組んでいます。町の広報紙と切り離して、「農業委員会だより」を独自に年二回発行させ、町民に町の農業施策を知らせています。 斎藤さんをよく知る農家、高橋ヨシ子さん(72)は「細かいところまで気がつくのは、女性ならでは。学校給食ができれば、地元農家の元気が出ます。若い人が、町で農業を続けられるようにして」と要望します。
女性委員もっと斎藤さんは、息子の久さん(34)とともに酪農を営んでいます。飼っている牛は三十頭。「牛の管理に気を使います。搾乳は、八十四歳の母(ハナさん)も手伝ってくれます。あまり規模拡大を考えずに、今を何とか維持できれば」と、堅実な一面をみせます。七月の選挙を控え、地域のあいさつ回りで忙しく駆け回ります。「地域おこしで新たな特産品づくりを進め、後継者が農業を続けられるよう、町独自の所得保障を実現したい」が目標です。 九〇年に初めて農業委員になったとき、県内で唯一の女性農業委員だった斎藤さん。いま福島県内の農業委員数は千六百四十三人。そのうち女性は九十一人です。「一割以上の女性農業委員」が夢の斎藤さんは呼びかけます。「就農者の六割を占め、食の安全などにも切実な関心を寄せる女性農業委員の選出を」
東京・町田市都市農業に市民が気軽に参加できる制度に尽力意欲燃やす田中仁司さん東京都心から私鉄で約四十分の東京都町田市。神奈川県相模原市に隣接し、人口四十万人のうち農家戸数は約千二百戸です。「市民に農業を理解してもらい、気軽に参加できる農業を育てながら、都市農業を守り、発展させたい」と意欲を燃やすのは、市の農業委員を四期務めている田中仁司さん(56)です。
家族で経営協定農業委員会の親子体験農業、わら細工などを通じて、市民に農業を楽しんでもらう取り組みに力を入れています。町田市と相模原市に四ヘクタールの畑を持ち、妻の美千子さん、息子の永治さん、母の治子さんの四人で、コマツナ、キャベツ、ナスなど四十品目を栽培し、伝統の小山田ミツバを守りつづけています。都市農業の発展のために、農業委員として、農家として、第一線を走ります。一九九九年に、市の認定農業者第一号となり、二〇〇一年には、「お互いの人格を尊重し、農業経営や生活の目標を家族で話し合い、役割分担を明確にしよう」と、市で最初の家族経営協定を四人の間で結びました。 野菜の安定供給に向け、生産量を確保するために、町田、相模原両市の遊休農地を借り受けて栽培面積を拡大。それに伴い、〇二年からは、NPO法人「たがやす」から派遣された援農者の力を借りています。定年退職し、農業に関心を持つ市民に謝礼として、作業時間に応じた謝礼金と農産物が支払われる制度。日に二、三人の援農者に手伝ってもらった結果、作業効率も上がり、売上目標の達成も間近です。 援農者の一人、中道忠和さん(67)は、元印刷会社勤務。「豊かな自然を守り、食の安全にかかわりたいと始めましたが、自然に左右される農家の厳しさを実感しています。田中さんは、気配りがあり、バランス感覚があって、農業委員として最適の人です。都市型農業の将来を真剣に考えています」と賞賛します。
後継者の育成を今後は雨天でも栽培できるようにと、今の施設(ハウス)一千平方メートルをさらに五百平方メートル拡大したいと意気込みます。機械化も進め、五年以内に法人化もめざします。「若い農業後継者に、市の農政を報告し、農業をがんばってもらえる手段を提供できれば」と、農業委の役割を真剣に考える田中さん。農業委員として「農業をやる気のある人が、農地を気軽に借りられるような方策を実施し、都市農業を生かした、農のあるまちづくりを実現したい」と将来を見据えます。
埼玉・蕨市「農委廃止」が一転、存続に農家、委員の運動が市動かす全国で農業委員会の役割を縮小し、制度解体の動きが進む下で、埼玉県蕨(わらび)市では、農業委の廃止を検討していた市が一転、存続を決めました。何が市を動かしたのか―。本紙五月十六日付の続報です。
広がる署名農地面積八ヘクタール、農家戸数二十五戸、農業就業人口五十五人の蕨市は、日本一面積の小さな市です。昨年来、急になった農業委廃止の動き。三月議会で、田中啓一市長は「農政の発展は望めない。農業委員会は廃止したい」と表明していました。一方で、「過密都市のなかで緑地が必要」「市民の緊急避難場所の確保を」など必要性や存続を求める声が相次ぎ、農業委員や農家は、署名と存続要望書を提出するなど、運動を広げました。 運動の高まりのなかで開かれた六月議会で、市長は、規模を縮小(委員定数を現行の十五から八に削減、報酬も減額)した上での存続の条例案を提出。「廃止やむなしと考え、調整を図ってきたが、農業委員から存続要望が強かった」と説明しました。農業委員、農家の声が、廃止を考えていた市を動かしたのです。
役割を発揮農業委員を九期務めているサンショウ農家の貫井粂之助さん(68)は「市長は、委員の声を受け止め、よく決断してくれました」と喜びます。農業委員や農家の声を一軒一軒聞いて回り、市議会で、声を届けてきた、農業委員の清水直子さん(日本共産党市議)は「農業の基礎知識の指導や農産物直売の実施に、農家の協力は欠かせません。今後、存続していくなかで、蕨の農政について、農業委員会にふさわしい役割を発揮してほしい」と期待を語ります。
(新聞「農民」2005.6.27付)
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[2005年6月]
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