ガンで「余命半年から1年」と告知されてもピンピン元気です元衆議院議員 田中美智子さんいま『さよなら さよなら さようなら』という本が話題になっています。著者は元衆議院議員(日本共産党・革新共同所属)の田中美智子さん(82)。「余命半年から一年」と宣告されて書き始めたエッセー集が実に面白い。術後二年近くなるのにピンピン元気で、各地への講演や旅行、執筆と忙しい毎日です。
憲法改悪許さぬため死ぬまでたたかうあら生きてる生きてたよ!名古屋で五月に出版記念会が開かれたとき、たくさんの友人知人たちから「美智子さん本当に生きてる、生きてたよ!」と歓声が上がって、私のほうがびっくりしちゃった。(笑い)本が出たのが今年の一月で、三月には三刷になったでしょ。出版社は喜んでいるんだけど、私にとっても“意外な展開”で驚いているんです。(笑い)
「死の準備」を大急ぎでする大腸ガンの手術を受けたのが一昨年の九月で、医師から「あなたの余命は、あと半年から一年」と宣告されたのね。じゃあ、その半年間に大急ぎで「死の準備」――まず歌舞伎を見よう、エッセー集を書こう、と思ったんです。それから形見分けなどの身辺整理をし、好きな旅行などもしながら、一日に五時間もパソコンに向かって四苦八苦の原稿を書いてきて、気がついたら一年がとうに過ぎていた。(笑い) そして、毎日が、気分爽(そう)快、食欲旺(おう)盛。「死の準備」は着々と進み、すべて万端OKなのに、死の兆候の自覚症状は“意外や意外”いっこうに出てこない。 親しい医師に「医者の言うことはちっとも当たらない」と文句を言ったら、「医者の言うことは天気予報のようなものです」と言われたけど、このごろの天気予報は結構当たるのにね。(笑い)
全然ショックでなかった…大腸ガンだと分かったのは二〇〇三年の八月、お腹が痛くないのに変な下痢(げり)。自分で「ガンだ」と直感したのね。病院で精密検査をしたら、このままでは死ぬからと大腸の一部切除、延命措置として人工肛門の手術をしてもらったわけ。手術して直腸には転移していないことが分かったんだけど、どうせ半年か一年の命だから再手術はしないことにしたの。人間八十歳を過ぎたら、どこかが悪くなったり、いずれ死ぬんだからと思っていたから、全然ショックでない。そのときが来たんだ、十分生きてきたし、人生「いい頃合いだ」とね。
生きてるだけで丸もうけだ大学時代の同級生に「あなた偉いわね、すっかり悟りを開いて」なんて言われたけど、はじめからショックでなかったんだから、悟ったわけではない。今、憲法改悪の危険な動きが迫っているし、それを許さぬ「九条の会」が全国各地に広がっている状況のなかで、各地から講演の依頼がくるし、憲法を守らねば、死ぬまでたたかわなければならぬ、と思ってるわけ。 もう一年前に死んでいたんだから、食って、飲んで、言いたいことを言ってきて「生きてるだけで丸もうけ」だもね。 どこで倒れたって悔いはない、そう思っています。
若者の情熱を大人は大切にいま人工肛門をつけている人が二十万人いるんですって、知ってる? 意外と知られていないことといえば、イラクでの劣化ウラン弾による犠牲者のこと。アメリカが湾岸戦争のとき使った一種の核兵器ね。厚い防御壁も貫通する破壊力があるらしいけど、いまも瓦礫(がれき)や地中から放射能が検出されている。 そのために甲状腺の異常や白血病、ガンになる人たちがいるんですよ。イラク人だけなくアメリカ兵の中にもね。 この前、三人の若い人たちがイラクで捕まって「自己責任だ」と非難されたけど、彼らはイラクの人たちのために活動していたんだし、高校を出たばかりの青年は「劣化ウラン弾の被害調査」に行ったんですね。 ああいう青年を大人(おとな)たちは望んでいたんでしょう? 若者の情熱を大人がつぶしてはいけない、多少無謀と思ってもね。何もすることがなくブラブラしている若者がいるということは、大人の責任よ。 (聞き手)角張英吉 (写 真)関 次男
〔プロフィール〕 (新聞「農民」2005.6.6付)
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[2005年6月]
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