「農民」記事データベース20041206-663-01

BSE問題 検査見直し
米産牛肉輸入再開狙う政府


 食品安全委員会プリオン専門調査会委員・東大名誉教授

     山内 一也さんに聞く


 厚生労働・農水の両省は十月十五日、BSE全頭検査から二十カ月齢以下の牛の除外を食品安全委員会に諮問。その八日後には、日米両政府が、アメリカ産牛肉輸入の「可能な限り速やかな再開」で一致しました。検査見直し↓輸入再開のレールを敷く政府。しかし、これには国民から強い懸念の声があがっています。諮問の内容を科学的に評価する立場にある食品安全委員会プリオン専門調査会委員の山内一也氏(東大名誉教授)に話を聞きました。


安全リスク評価する前からアメリカと協議するのは心外です

 全頭検査が効力を発揮

 日本は、二〇〇一年にBSEが初めて発生した直後から、特定危険部位(SRM)の除去と全頭検査という二本立ての安全対策をとってきました。当時、SRMを完全に除去し、食肉への混入を防ぐという対策は十分ではありませんでした。その分を全頭検査がカバーするということで効力を発揮してきたのです。

 トレーサビリティがないなかで、検査対象の牛の月齢を決めなかったことは結果的にたいへんよかったと思います。全頭検査が混乱を回避する最大の手段になりました。

 どの部位が危険かというSRMは、OIE(国際獣疫事務局)の基準がありますが、現実はごく限られた研究の結果を根拠にしているのです。おそらく脳やせき髄などが最も危険な部位であることは間違いありませんが、低いレベルの異常プリオンたんぱく質が他の部位にあっても不思議ではありません。

 国内十一例目の発症牛(死亡牛)を動物衛生研究所が調べたところ、SRMではない一部の末梢神経組織や副腎からも微量の異常プリオンたんぱく質が検出されました。非常に低いレベルだから、これが本当に危険かどうかわかりませんが、見つかった以上は対策を講じるべきです。SRMとして除去するか、全頭検査で感染牛を摘発しなければなりません。脳よりも高いレベルにあるとは考えられないので、全頭検査で安全は十分に確保できると思います。

 諮問理由は公然の秘密

 二十カ月齢で線引きする厚労省の諮問は、食品安全委員会が九月にまとめた「中間とりまとめ」を根拠にしていますが、私はそうは考えていません。日本で二十一カ月齢のBSE感染牛が見つかったのは事実です。でも、あの牛を二十カ月齢で検査したら陰性だったかどうか、それは分かりません。「中間とりまとめ」は線引きはできないと言っているのです。

 「中間とりまとめ」はプリオン専門調査会で議論され、最終的には、座長一任になり、親委員会に諮られて正式になりました。その過程で、二十一、二十三カ月齢の感染牛の異常プリオンたんぱく質が微量であること、二十カ月齢以下の感染牛が確認されていないことについて、「十分考慮に入れるべき事実である」という文言が挿入されました。この修正は「お知らせ」として専門調査会委員に通知されました。調査会の見解を反映したものではありません。

 しかし、厚労省が二十カ月齢で線引きした場合のリスクを食品安全委員会に諮問してきた以上、それを評価する義務があります。科学的な視点でしっかりやっていきたいと思っています。

 なぜ厚労省がこういう諮問をしてきたのか、その理由は、アメリカ産牛肉の輸入再開のためというのは公然の秘密ではないでしょうか。「輸入再開のため」とは言えないので、厚労省は線引きの理由を「科学的合理性」という言葉で説明しています。私には、この言葉の意味が分かりません。私の文法と行政が使う文法があまりに違いすぎるからです。

 BSE汚染実態は不明

 そのアメリカのBSEの汚染実態は分かりません。そんなにひどくはないと思いますが、きれいとは言えない。分からない以上、日本と同等の対策が必要だというのが、基本的なスタンスです。

 アメリカは自国がきれいだという根拠として、一つは九〇年以来行っているサーベイランス、もう一つはハーバード大学のリスク分析をあげています。しかし、サーベイランスの標的にした牛は標的とすべき牛ではないいわゆる“へたり牛”です。BSEを疑われる牛を調べるべきなのです。

 アメリカはOIE基準の四十倍以上も調べていると言っていましたが、その大部分は“へたり牛”で、BSEが疑われる牛は、OIE基準の年間四百三十三頭ぎりぎりしか調べていないことが、日米BSE協議の最終日になってようやく出してきた資料で明らかになりました(図〈図はありません〉)。しかもこの基準は、百万頭に一頭以下のBSE牛という統計上の基準です。アメリカには一億頭の牛がいますから百頭以下ということです。これをもってきれいということにはなりません。

 では、リスク分析はどうでしょうか。分厚い立派な報告書がありますが、もとになった情報はほんのわずかで、専門家の間でも、“数字のいたずらだ”という指摘があるほどです。

 そもそもアメリカは、イギリスから、日本が輸入した十倍以上の頭数の牛を輸入しています。BSEの侵入リスクは、日本よりも高い。そのことはEUも認めていて、BSEの汚染程度を日本と同じレベルに分類していますし、アメリカが招いた国際調査団も、北米大陸全体の汚染実態はわからない、しっかりしたサーベイランスをやるべきだと勧告しています。

 食品安全委員会は、これから二十カ月齢線引きのリスク評価をやり、続いて日米両国で協議した輸入再開の条件のリスク評価をすることになると思います。輸入再開まで、まだ二段階あります。

 しかし政府は、私たちが議論する前に結果を予測して、アメリカと協議しています。形式上は、食品安全委員会でのリスク評価を踏まえてということですが、それ以前に段取りをつけているわけです。順番が完全に狂っているのですから、専門調査会のメンバーとしても心外です。

 段取りが狂った場合は

 まだ何も議論していないのですから、リスク評価の結果が、政府が期待するものになるかどうかわかりません。段取りが狂った場合にどうするのか、私は知りませんが、そうしたこととは関係なく、科学的な視点でリスクを評価します。

 二十カ月齢での線引きに対するリスク評価は、おそらく全部の牛を検査する場合と二十カ月齢以下の牛を除外した場合のリスクの差を、できれば定量的に、できなければ定性的に評価することになると思います。しかし、例えば「ある程度リスクがある」という結論に達した場合、それをどう見るか、最終的にはコストの問題も含めて、行政側が判断することです。

 輸入再開のリスク評価は、アメリカの安全対策が日本と同等かどうか評価することになると思いますが、何をもって同等とみなすか、まだわかりません。ただ、形式上の同等ということだったら意味がありません。実質的な同等性、それが評価できるかどうか、出てきたときに考える以外にないと思っています。

 私は、食品安全委員会で科学者が科学的な視点でリスク評価する仕組みはすばらしいと思います。同時にそれは、私たち科学者にたいへんな責任を科せられたということです。その自覚をもって、しっかりとやっていきたいと思っています。

(新聞「農民」2004.12.6付)
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2004年12月

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