「農民」記事データベース20041101-658-08

子供たちの教育にとって「農」と「食」ほど大切なものはない

ユニークな「産地直送教育」をつづけている

早大教授 増山 均さん

 実りの秋九月二十一日、早稲田大学大隈庭園で、大学初の学生たちによる稲刈りを取材しました。一坪半の田んぼでコシヒカリと赤米を収穫して大喜び。学生の多くは二月の田起こしから田植え、草取り、稲刈りと初体験です。一方で、三年ほど前から「産地直送食農教育」を試みている文学部教授・増山均さん。「農と食と教育」「自然と人間との関わり」などについて話していただきました。


 「農」教育を始めたきっかけは

 「産地直送教育」というのは、宇都宮の自宅から早稲田まで二時間かけて通勤する時、自宅で採れた新鮮なイチゴや朝堀りのタケノコなどをリュックに詰め込んで、季節感あふれる旬の味を学生たちに賞味させることから始めたものです。皆、おいしくて感動しますね。

 「農と食」に関心を寄せるようになったのは、前任校の時代からです。

 私が前に勤めていた日本福祉大学が八三年に愛知県知多半島の美浜町へ移転して、キャンパスが非常に広くなりました。ミカン畑や竹林があり、野菜畑なども十分作れる土地がありました。そこで学生たちと「畑でも耕そうか」となったのです。

 「野性味」を失ってきた人間

 当時から農家出身でも作物を育てた経験が薄い、息子を村から都会に出す農家が多くなるなどの社会的背景がありました。ですから、自分たちが食べている物に関心がない、まして農業に誇りを持っていない学生が多かったですね。そういう学生たちが農業を見直すには、実際に体験することが第一だと考えました。

 もう一つは都会出身の学生をふくめて自然との関わりが希薄だということです。野菜の名前を知らないだけでなく、一般的に植物についての知識があまりなく、たとえば木でも欅(けやき)を知らず、松と杉の違いが分からない。檜(ひのき)や椹(さわら)を区別できる学生など皆無でした。

 たとえ字が書けても実物を知らなくては「学ぶ」という基礎が耕されていないのではないか。もっと深刻なのは、はだしで歩けないとか、泥水に足を入れられないとか。そういう学生が保育の実習などに行くと子どもたちと一緒に泥遊びもできない。そういう問題が次つぎに起こりましてね。

 これまで自然の中で人間が鍛えてきた野性味が失われている。「生きる力」の土台を耕すには野性味を取り戻すことが必要ではないか。それも、ただ体験的に自然と触れ合うだけでなく、一番よいのは「自然に働きかけて作物を作り出す」ことだと思い、畑を耕すところから始めました。

 ささやかな夢を実現するため

 まず、五坪くらいの小さな畑にサツマイモを植えました。しかし、ただ「学ぶために体験する」だけでは、今の学生たちは前に進みません。そこで、「数カ月後にキャンパスで焚き火して焼きイモをつくる」という、ささやかな夢を決めました。

 ところが、キャンパスの中は火の使用が禁止です。焼きイモのために火を燃やすとなると、大学の管理規定からはみ出します。焼きイモをするためには、自分たちの願いを当局に伝えて特別の許可をもらう以外にない。そこでゼミの皆で話し合って対策を考えました。

 彼らは「焼きイモをしたい」という理屈を考え――それは「将来、子どもたちに楽しさを体験させるための学習」――、「学生が学び、育っていくことを保障するのが大学の役割」であり、もし火事が心配なら消火器を備えるなどの対応をしてほしいという長い論文を教務課へ提出しました。そして正式に許可をとって大々的に焼きイモ祭りをやってのけました。

 作物を作るだけでなく自分たちの願いや夢を実現していく「学び」が大切で、その体験は将来、非常に大きな力になると思います。彼らが社会に出てから、どんな困難が立ちふさがるか分かりません。その時あきらめるのか、知恵を出し合って突破するのか、そのために大学で「科学」を勉強しているわけです。

 自然の偉大さに対し謙虚であれ

 私は栃木の農家で育ちました。祖父の代まで農業をやっていましたので子ども時代は一年中農業の手伝いがありました。また家の周りは竹林があり、その竹を使ってさまざまな道具を作りました。それが子ども時代の遊びになっていました。

 私たちは自然とたたかいながら力を借り、手なづけ、自然を手入れして暮らしてきたと思うのです。近年「自然は開発できるもの」「人間が自由にできるもの」という工業優先、効率主義の発想が大手を振ってきました。同様に、子どもという「自然」に対しても尊大になりました。“成績”で子どもを選別したりせず、謙虚でなければいけません。

 旬の物は子たちの心を豊かに

 今、食に季節感がなくなってきて、キュウリでもトマトでも一年中お店に並ぶようになり、「旬」が失われています。私たちの体には「旬」の食べ物に反応していく力があり、とくに子どもたちのその力を引き出してあげることが大切です。

 いま、子どもたちが「友達とコミュニケーションがとれない」「情緒的な関わりが弱い」「人の心を読み取ったり、想像する力が弱い」などと指摘されていますが、子どもたちの心を豊かにしていく基礎は、やはり「食」――おいしい旬の物を食べる、そして友達と一緒に喜びを分かち合うことです。

 農作物を作ってくれた人への感謝の気持ち、そして自然や人に対する想像力を豊かにして「幸せだな」と感じること――これが基本だと思うんです。これ抜きには、今の子どもたちの育ちを豊かにすることは不可能です。

 私は「食」と「農」について「地産地消」をふくめて、その重要性をもう一度見直すべきだと強く思っています。

(聞き手)角張英吉


〔プロフィール〕

 ましやま ひとし 1948年栃木県生まれ。早稲田大学文学部教授。専門は社会教育学、社会福祉学。現在、早稲田大学、東京大学大学院でゼミナールを担当するとともに、日本子どもを守る会の『子ども白書』編集長もつとめる。
 著書は『教育と福祉のための子ども観』(ミネルヴァ書房)、『アニマシオンが子どもを育てる』(旬報社)、『子育ての知恵は竹林にあった』(柏書房)など多数。

(新聞「農民」2004.11.1付)
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2004年11月

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