「農民」記事データベース20031027-608-08

三上満さんが語る賢治と農業〈4〉


平和思想は賢治の思いが実った一つ

 賢治を恩師と仰いだ青年が…

 賢治は、協同組合的な一つの共同農村を「ポラーの広場」と名付けた。盛岡の高等農林の別科に進学して学ぶなかで羅須地人協会のことを聞いて、たまらず賢治を訪ねたという青年がいるんです。松田甚次郎(じんじろう)です。

 彼が賢治から「小作人になれ、農村劇をやれ」と言われて、感銘を受けて山形の最上、現在の新庄市の鳥越に戻った。地主の父親を無理やり説得して、父親から土地を借り受けて小作人になり、共同の農場を作り、果実も育て、綿羊を飼った。古自転車を分解してホームスパンという紡毛機を組み立てたり、高度差を利用した山地立体農業をやった。それに憧れて全国から塾生がやってくるようになる。その取り組みを『土に叫ぶ』と題して本を出版しベストセラーになった。

 昭和十八年に松田は亡くなりますが、その当時は戦時一色の中で、「皇国農民の養成」とかをいったりしました。それを批判する人もいます。でも、村で共働で広場を作ろうとした先駆者です。今ではそういう人たちはいっぱいいますよね。

 松田が恩師と仰いだ賢治は過去の人ではなくて、その精神は今日でも生きていると思います。

 「9・11テロ」と賢治の今日性

 賢治の思いが実っているものの一つに平和思想があると、私は思います。賢治は『二十六夜』という童話を書いています。フクロウの子どもが、人間の子どもにひどい目にあって、放り出される。フクロウの村は、人間に報復しなければという声で湧き立つ。その時にフクロウの坊さん(指導者)が「それはダメじゃ。報復はならん」という。「報復はならぬのじゃ」といって、それじゃ悪いヤツをそのまま放って置けるのかというジレンマ。

 そのジレンマを救うのに賢治は、「仏の救済」をもってくるわけです。「苦しみの中で、報復をしない」という思想を慟哭しながら、受け入れたフクロウたちに対して、三尊の仏が「それでいいんだよ」と温かい光を差し伸べてくれるという終わり方になっています。

 これは、今の状態に引き比べて考えてみると、例えば「9・11テロ」があったでしょう。「9・11テロ」は、私は報復という意味合いをもったテロだったと思うんですよ。テロを正当化するわけではないが、原因があった。そのことを考えなければいかんと、アメリカの多くの人がいった。

 だから「9・11テロ」の時、もしブッシュ大統領が「報復をしない」という演説をしていたら、どうなったかということですよ。「報復はならんのじゃ」と。そして、テロのない世の中をつくるために、この犠牲に耐えて、非暴力の道を進もうじゃないかと。しかし、残念ながら彼は言わなかった。

 もし言ったとしたら、賢治の時代にはどうだったか。そういうものに対して、「よくぞ言ってくれた。辛いだろう」と、仏様が救いに来てくれる。こう賢治は救いの道をつけるしかなかった。

 しかし今はどうか。ブッシュ大統領に甘い期待を持つわけではないが、もしブッシュ大統領が、そういったとしたら、そこから先は仏や神の力に頼らなければいけないのかというと、そうではない。「報復はしない。国連でやろう」と、こうなることができる時代でしょう。国連に団結して法と正義の裁きでテロをなくさせる。賢治が描いた「仏の救済」ではなく、「救済」の実態が国際連合があるという時代に生きている。

 だから「9・11テロ」の後にブッシュ大統領が「報復するな。そんなことをしたら血を血で洗うことになる」と言ったとしたら、世界は大きくかわったと思います。そういった後の救済を神や仏に頼る必要はないんです。国連という実態のあるものに頼れば、国連に団結しようではないかと言いさえすれば、そこから悪は裁かれるし、報復のない時代へ一歩進んでいくでしょう。

 賢治は「報復しないものが救済される」という姿を仏の救いという形で描きました。私たちは、「仏の救い」という形で描く必要のない時代に生きています。国連での正義、法の裁きが可能な時代に生きています。ここには何とも言えない賢治の今日性があると思います。

 私は「9・11テロ」以来、賢治のことをずーと考えてきました。賢治が夢を描いたことが、単なる夢でなくなっている時代に生きていると。それだけに賢治の先駆性といえるかも知れません。

 賢治の夢想性、空想性というのかな。空想性は、賢治の遅れた認識の産物だったでしょう。もっと現実的に科学的社会主義を志して、それこそ命を絶たれ、獄につながれた人たちがいるわけですから。

 賢治が遅れた宗教性を持ちながら、必死に夢想したことが今の時代では単なる夢想でなくなっている。そのつながりに改めて光をあてたのが今度の本です。それが権威ある賢治賞の受賞につながったということは、未来を求めて生きるわれわれ勤労者への励ましだと思うのです。

(おわり)

(新聞「農民」2003.10.27付)
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2003年10月

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