「農民」記事データベース20030519-586-07

ギリシア時代のロマン―接木でとがってない唐辛子「ピートン1世」®誕生

柳下 登(東京農工大学名誉教授・理学博士)

 トウガラシとピーマンの接木雑種「ピートン」が品種登録されました。長年の研究が実を結び、夢をかなえた育種者の柳下登さん(農の会会長)に寄稿してもらいました。


 トウガラシ類に、辛みのないピーマンと、辛みのある先のとがった唐辛子があります。

 辛みがある八つ房唐辛子の果実なのに、先がピーマンの様にへこんでいる品種「ピートン」ができました。これは普通の品種改良法ではなく、接木法によるものです。私がこれに取り組み始めたのは、まだ、接木では一般に遺伝的な性質を変えたり、雑種はできないとされていた時代でした。

 五十年も前に、ロシアのルイセンコは接木で雑種ができると主張しました。これは当時の遺伝学説では認められず、「遺伝学論争」として世界を沸かせました。自然科学上のことは実験で解決すべきだと、当時の私は八つ房唐辛子とピーマンの接木雑種に取り組んだのです。

 約50代でも特徴は消えず

 接木した年に「ピートン」状の変異果が得られ、接木を三年、五年と反復するとその出現率は高くなりました。五代接木をし、その子孫を三代調べるのに八年。こうして、接木変異の特徴が種子繁殖で子孫に遺伝することが証明されました。その後、選抜を繰り返すことで、新品種「ピートン」になったのです。

 しかし、接木で遺伝的な変化が得られると考えられない時代でしたし、接木をすればすぐ変わるものではないので、いろいろな疑問が投げかけられました。いわく、「ピーマンと交雑したのでは」「材料が不純だったのでは」「突然変異だ」「数代で消えるのではないか」などでした。これらのことにも実験で答えてきました。「ピートン」はいま約五十代になってもその特徴が消えていません。

 大学内の隅のがれきを掘り起こし、笹薮を畑にし、入院した時は病院のテラスで苗を作り、牛に苗を食われて、お家断絶のうきめにあったり、五十年の間にいろいろなことがありました。

 接木法で果実の香りや色を良くする試みを古代ギリシア人が行っています。接木で先のとがっていない世界にも珍しい「ピートン」ができたのは、苦労も多くありましたが、古代ギリシア人のロマンを実現した思いです。

 「ピートン」はかわいい艶のある赤い果実を枝ごとに房状にならせ、観賞に適しています。栽培しやすく、鉢植え、プランター、寄せ植えなどで楽しめます。赤い果実のついた枝を生け花にしてもよいでしょう。緑や赤の生果は薬味やあえ物など多方面に活用できます。ただし、辛味に気をつけましょう。

 辛くない「2世」の誕生夢見て

 「ピートン」は、遺伝子組み換え(GM)のように安全性の評価を必要としません。遠縁のバクテリアの遺伝子や変異を強力に発現させる遺伝子、さらには抗生物質に強い遺伝子を結合させた人工遺伝子を導入するというような、生き物になじまないGMの方法とは違うからです。「ピートン」は台木と穂木の相互の営みで得られたと考えられています。

 いま、GMが効率性がよいとされ、その技術や特許が多国籍バイオ企業に握られることで、品種の独占化が進行しています。一方、交配法を含む従来の改良法は、非効率的だとうとんじられています。方法の一元化は品種の一元化を招きます。豊かな食材は多様な品種改良法によって保障されるのです。「ピートン1世」の辛さでGMの夢を覚ましてもらいたいものです。そして私は今、辛くない「2世」の誕生を夢見ています。

(新聞「農民」2003.5.19付)
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2003年5月

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