安全で安心が誇りの豚肉だったのに…衝撃の偽装事件から1年/茨城・玉里村茨城県・玉里村で起きた豚肉の偽装表示事件は、非のない生産者をも苦悩の渕へと追い詰めました。あれから一年。心の傷はすっかり晴れたわけではありません。それでも「やっぱり安全で安心、おいしい肉を産直で」と、復活をかけてがんばっている養豚農家がいます。
消費者と手携え再起めざす石橋さん夫妻玉里村川中子の石橋英司さん(54)、律子さん(53)夫妻です。事件の発覚―取引の全面ストップ。「経営や生活の不安よりも、精神的なショックが大きかった」と、律子さん。被害者なのに、その意識は微塵も感じられません。 石橋さんたち玉里村の養豚農家が、玉川農協をとおして東都生協の組合員と産直をはじめたのは、一九七五年です。
厳しい提案にも律子さんは生協組合員との交流など、機会あるたびに「日本の農業を守ろうという人は、日本のものを食べよう。そうしないと守ることにならないよ」と話してきました。事件の前まで活発に続いていた産地訪問も、「どういう人が、どういう環境で肥育しているのか、産地を見にきてほしい」という律子さんの呼びかけで実現したものでした。 生協からは厳しい提案が出されます。法的には体重六十五キロ前後まで認められていた抗生物質を、「二十五キロの子豚のときから与えないでほしい」というのです。生産者は拒みます。「そんなことをしたら、肥育できない」と。 生協との産直で育て始めた豚は、母豚はランドレース(L)の雌に大ヨークシャー(W)の雄を交配したLW種、父豚は鹿児島バークシャー(B)で、黒豚の血が半分混じったLWB種。これまでの白豚は、年間肥育する千頭のうち、死ぬのは二十頭ほどでした。それが神経質なLWBになると、月に二十頭も子豚が死ぬこともありました。
何回も話し合う「二十五キロの子豚は、人間にたとえれば、小学生になるかならないかのとき。風邪もひきやすくなるし、環境の変化についていくのも大変なときです」(英司さん)。子豚のときに病気をすると、成長が止まり、コスト高になります。養豚部会のメンバーは、何回も集まって話し合いました。 律子さんは考え続けます。部会のもう一人の女性とも話し合い、みんなの前で訴えました。 「やっぱり、抗生物質を使わないほうがいいんじゃない。私たちも、子どもたちには抗生物質の入っていない肉を食べさせたい。同じ母親として気持ちはよく分かる」 二、三十人ほど集まった会場が、一瞬「シーン」と静まり返ります。 配合飼料に抗生物質を入れないよう、消費者と一緒に何度もエサ会社に足を運んで交渉を重ねます。 ――そんな数々の運動と生産者の努力で積み上げてきただけに、律子さんは自分たちが育てるLWB種に、絶対の自信をもっていました。それが、こんな形で崩されてしまうとは……。 「新婦人や生協の組合員に言ってきたことを、心ならずも裏切ることになったんですから。私たちを一〇〇%信じて取り組んでくれたのに。それがいちばん辛かった。偽装さえなかったら、日本で一番安全で安心な豚肉だった」と律子さん。
致命傷でした事件を聞いてすぐ、律子さんたちは水戸市にある新婦人茨城県本部に謝りにいきます。だけど、何度も行ったことのある場所なのに、なかなか行き着けません。どこをどう遠回りしたのか、それさえ分からなかったといいます。それだけ動転していたのです。 それでも新婦人のトントン小組の委員みんなとの話し合いでは、屠場(とじょう)で偽装がないことが確認できれば、予定していた分は発送してください、といわれていました。しかし、その直前に、輸入豚肉が混ぜられていたことが発覚します。致命傷でした。涙が止まりません。心臓はどきどきと音を立てています。とても発送できる状態ではありませんでした。 「新婦人とのつながりは商売でのつながりではなく、運動としてつながっていたので」。新婦人の会員五十人ほどの集まりでは、みんなが励ましてくれました。「克服して、また一緒にやろう」と。それでも、みんなの前にはいたたまれない気持ちでした。
信頼回復したいいま、石橋さん夫妻は、品種を変えて生産に励んでいます。市場にはLWD(白豚)を出すようになりますが、収穫後農薬無散布や非遺伝子組み換え飼料を使った肥育は、運動の中で生産者も消費者と一緒にやってきたことなので、その火は消せません。肥育豚の一割はLWBにして、新たな運動に乗り出す芽を残しています。 今年に入ってから、玉川農協の労働組合が石橋養豚場のLWBの加工を始めました。「みんなで学習しあいながら、豚肉で失った信頼を、その豚肉で回復したい」と、石岡地区農協労組玉川分会の松崎憲治分会長。
育てている心意気がきちんと伝わっていれば英司さんはこの二月、農民連に入りました。そして三月、東京・足立区千住のガーデンメッセの産直ひろばで、律子さんや玉川農協の労組員と一緒に初めての対面販売を経験しました。英司さんはいいます。 「生産者がどんな心意気で育てているのか、産直にたずさわる人にきちんと伝わっていれば、偽装事件などなかったはずです。消費者や生産者をないがしろにした結果です。農民連が責任をもって、生産・加工した肉を農民連が販売する。そんなシステムを確立できれば、いままで以上のことができるのではないかと思っています」
(新聞「農民」2003.5.12付)
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[2003年5月]
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