コメは「国民的食料」、農業の基本は「地域農業」
長野・栄村村長高橋 彦芳さん 大いに語る(たかはし・ひこよし) 一九二八年、長野県下水内郡水内村(現在の栄村)生まれ。農林学校をへて中央大学法学部卒。七七年から村の企画課長を約十年、八八年の村長選挙に当選し、以来四期を務める。
政府は昨年十二月の「米政策改革大綱」にもとづいて、今年三月七日に食糧法「改悪」案を国会に提出してきました。また二月二十二日〜二十三日に長野県栄村で「小さくても輝く自治体フォーラム」が開かれ、町村合併問題と地方自治体のあり方が話し合われました。そこでフォーラムの開催地だった栄村の村長・高橋彦芳さんから「日本の農業と地方自治体の進むべき道」について率直な意見をお聞きしました。
政府の米管理撤退は許さない私は、政府が「改悪」案を出してくるだろうと予測していました。米は主食であり「国民食料」です。「経済のグローバル化」の名のもとに、日本の米を世界市場に投げ出して、政府が米管理から撤退していくなんて、国民の生命を不安定にするものであり、国民に対する「最大の罪悪行為」です。政府が米管理から撤退するようなことを断じて許すわけにはいきません。 いま世界中の食料が不足して、今後も飢餓人口が増えていくと予測されているのに、日本は米が余っているからと減反を押しつけ、その一方では外国から米を輸入している。そして、今度は米の生産調整の責任を農協などに押しつけ、政府は米管理から手を引くなんて無責任もいいとこです。
米を「柱」とした特色ある農業をなぜ、こういうことになるのか。それは高度経済成長以来、農業を工業や他の産業と同一の「経営システム」で考える傾向――「工業も農業も同じ生産だ」とする考え方にあります。 農業も大規模にすれば工業のように生産性が高まりコストが安くなるという発想でしょうが、農業は気候風土によって影響を受け、工業のようにはいきません。 私は農業というのは地域の気候風土を生かして生産する「地域農業」が基本だと思っています。地域の農業は個々に特色があり、個性のある農業が集まって「日本全体の農業」を形成しているのだし、そのなかで国民的食料である「米」が中心の「柱」となるべきだと思っています。 栄村でも米の価格が落ちたため、農家に十分な所得を保障できていませんが、米作が抜けてしまうと地域農業そのものがダメになる。まず水の管理がなおざりになり、村の暮らしにとって大変なことになりかねません。だから棚田の「田直し」に村民の知恵と力を集めて、田んぼを守ろうとしてきたのです。
エネルギーを大量消費する農業ではですから栄村では減反も、その強制も一切していません。とにかく米を作って田んぼを守っていく。それを中心にしながら野菜や山菜、そして畜産を風土の特色に合わせて発展させていこうと頑張っています。 そうはいっても、流通事情の厳しい中で、どういう方向をとるか、なかなか大変です。栄村の場合、特産のグリーンアスパラや山菜が好評なので力を入れています。五〜六月頃に雪がとけた土の中から伸び出してくるグリーンアスパラの柔らかな味は絶品ですよ。 いま栄村の山菜は「秋山郷の山菜」として、全国に通用するほどになっています。 ハウスで栽培したものもすべて悪いとは言いませんが、真冬に一粒何百円もするサクランボやイチゴなどを作ったりしているのは、やはり工業生産と同じような感覚だと思います。 ハウスの中を温めるには、かなりの量の石油を使います。地球上の貴重なエネルギーを大量に消費していることを忘れてはなりません。そんなに無理して作らなくても、気候風土に合った農産物こそ価値があると思うんですがね。
「夜逃げ合併」はしないほうがよい二月の「小さくても輝く自治体フォーラム」は全国各地から町村の首長さん、議員さんが多数参加されて、意義ある集会になりました。町村合併の問題では、どこの首長さんも大変悩んでおられてまして、「自分だけではないんだ」と励まされたようです。 町村長が一番揺れているのです。本当は合併したくないんだけれど、このまま政府の合併奨励策にのれば優遇?…されるかどうか分からないが、それに乗っからないでいて、責任をとらされはしないか…と。 しかし合併の将来を予測してみて、あまりよい結果が出ないだろうと思うから、本音は「合併したくない」のです。 だから、ある研究者から「夜逃げ合併はしないほうがよい」と言われましたが、同じように悩んでいた首長さんが他にもいることを知り、皆さん元気が出たんじゃないですか。 私は「顔の見える自治体」であるべきだと思っていますから、今回の町村合併には批判的であり反対です。もちろん村民の意見を公平に集めて決めることですが、政府の「アメとムチ」のやり方は、けしからんと思っています。 ですから「限りなく画一的な都市型の町村合併に対して批判的集会を開くのだから、豪雪の山村のしかも深い雪の最中にやったほうがいい」となって、二月の栄村が開催場所になったのです。それがよかったのは、暖かい奄美大島から来た人たちに「こんなに雪の深い山村で皆生きているんだな」と知ってもらったことです。
青年に夢を与える一・五次産業を栄村は人口約二千七百ですが、この一年の新生児が二十三人、比率で一%弱です。山間地で高齢化も進んでいますが、年少人口率は都市と比べて低くはありません。ただ実数が少ない。では、今後どうしていくか――なかなか決め手のないのが苦しいところです。 だから栄村は農業だけでなく「一・五次産業」というか、漬物などの加工だけでなく、一つの物が形を変えて現れるような事業を考えています。村の若い人たちが喜んで参加してくれるんではないか、と期待しているんですよ。 実は、東京農大の農産加工実習センターに村から青年を一人、二年間研修に派遣しまして、その彼が栄村の加工センターの主任技師になっています。そして村の農産物をもとにした「おいしくて安全で健康的な食品」づくりに取り組んでいるところです。 現在、栄村の農産物を生かした特産ドレッシング作りを考えています。青年に夢を与える「ヘルシー産業」みたいなものにしたいのです。 それから「村の名誉研究員」として、大学や研究所などを定年退職された方を村に招いて、自由に研究してもらおうとも考えています。研究のためのハウスに机とイス、ご夫婦で暮らせる家を用意します。ただし「名誉研究員」ですから、給料は出ません。しかし「水よし、米よし、空気も温泉もよし」ですから(笑い)、余生を楽しく暮らしてみようという奇特な方を探しています。 (聞き手・角張英吉)
(写 真・塀内保江)
(新聞「農民」2003.4.7付)
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[2003年4月]
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