「農民」記事データベース20030303-576-17

軍隊を持たない国があった!

中米の小さな国で


 映画『軍隊をすてた国――コスタリカ』制作の

       早乙女 愛さん

〔プロフィール〕さおとめ あい 一九七二年、東京生まれ。同志社大学文学部卒業後、ドイツに一年間遊学。帰国後、商社に就職。四年間のOL生活中、父・早乙女勝元の海外取材のアシスタントなどを務める。二〇〇一年「あいファクトリー」設立。ドキュメンタリー映画『軍隊をすてた国』を初プロデュース。共著に『平和をつくる教育』(岩波ブックレット)がある。なお自主上映についての問い合わせは「あいファクトリー」(〇三-三四七〇-一一九一)まで。


 映画は昨年三月に東京で初公開されたあと、北は北海道から南は沖縄まで全国二百カ所以上にのぼる自主上映会が続き、大きな反響を呼んでいます。「なぜ軍隊を捨てたの?」「どうやって国を守ってるの?」「日本の平和憲法とどこが違うの?」といった観客の目に、美しいコスタリカの風景と人びとの暮らし、底抜けに明るい子どもたちの姿が紹介されていきます。


 そもそも父の企画なんです

 私の父(早乙女勝元=作家)は終戦の年、一九四五年三月十日の東京大空襲で逃げまわった時、十二歳だったそうです。父は焼け野原になった東京を見ているので、二度と戦争をしないと約束した平和憲法第九条の誕生を「まぶしい思いで迎えた」と言います。

 その思いから、十八歳の時に小説を書いたのを始め、その後も小説や東京大空襲の記録など反戦の運動にかかわってきました。そのエネルギーは、「十二歳の時の体験」にあるんだと思います。映画も東京大空襲を描いた『戦争と青春』(松竹配給)など五本ほど企画し、脚本を書いたりしています。

 この映画も父の企画なんですが、コスタリカの平和憲法が日本より二年遅れて一九四九年にできていることを知り、いろいろ調べてみたら「軍事費がゼロ」だと分かって驚いたそうです。それが一九九六年で、取材のためにコスタリカへ家族旅行に行ったんです。私はノー天気な気持ちで「カリブ海の美しい国」を見れるというだけで喜んで参加しました。

 それまでも家族旅行というと、沖縄の激戦地跡とか東欧のアウシュビッツや中国など、太平洋戦争や第二次大戦の被害国と加害国をまわる旅だったんです。

 憲法調査会の設置がきっかけで

 それから三年くらいたってから、父が突然「映画の企画」を言い出しまして…。そのきっかけは国会に「憲法調査会」が設置されるというテレビのニュースでした。確か九九年の十二月でした。「憲法第九条を骨抜きにする危険な策動だ」と心配した父は、コスタリカを舞台にした「平和憲法を守るための企画」を立てたのです。

 私はその企画書を見て「この映画、面白いのかなあ」と思いました。それまで父の企画した映画で興行的に成功したものは少なく、お金はいつも持ち出しです。

 娘としては、そのことが心配になりました。父の企画に文句をつけているうちに「じゃあ、お前がやってみろ」と言われ、気がついたら自分が「製作総合責任者」になっていました(笑い)。

 また企画書の「平和憲法の初心に戻って」という表現は、父の世代の人たちには分かるんでしょうが、私はベトナム戦争が続いていた頃、沖縄が日本本土に復帰した年に生まれた子どもです。

 すでに軍艦や戦車、戦闘機を持つ自衛隊が存在しているときに育ってきた若い者にとって「初心」と言われても分からないのではないか? しかし「軍隊のない国」がどうやって国を守っているのか? 人びとが何を考え、どんな暮らしをしているのか? 父の論理よりも、コスタリカそのものに興味が湧いてきたんです。

 難問は「軍隊のない」映像をどうするのか

 コスタリカは日本から見ると、ちょうど地球の裏側にあります。中米のニカラグアとパナマの間にある小さな国です。面積は日本の四国と九州を合わせたくらいで、人口は約三百八十万、主な産業はコーヒーとバナナ、そして観光です。

 カリブ海に面した美しい国で、世界の動植物種の四%、鳥類は八%もの種類が生息し、国土の四分の一以上が国立公園や保護区に指定され、自然保護の先進国として知られています。

 ドキュメンタリー映画としての難問は、軍隊が「ない」ことを映像にすることでした。日本みたいに「ない」はずの戦力を撮るのは簡単です。日の丸をつけた軍艦や軍用機がいくらでも撮れるんですから(笑い)。

 「コスタリカには軍隊がありません」ということを証明するものは、やはり人間しかいません。そこで、コスタリカの人たちが「自分の国についてどう考えているのか、そして、どのように生きているのか」をそのまま撮れば、この国の今まで知らなかった事実が見えてくるのではないか。そう考えて撮影する分野をいくつかに分けました。

 経済は軍需産業に頼らず、どうやって自立しているのか。政治は軍事力を必要としないために、どんな機能をはたしているのか。そのために、どんな組織を作ったのか。そして子どもたちの教育はどのように行われているのか、などでした。

 選挙は子どもたちも一緒のお祭りイベント

 教育問題は、いちばん入りやすい分野でした。私の子どもの頃を考えますと、当時の大人たちは「自分の国に平和憲法がある」ということを、どのように教えてくれたのか。「平和憲法はあるけれど、自衛隊がある」ということについて、どういう説明をしてくれたのか。自分の小学校の時に受けた教育について振り返らざるをえません。

 コスタリカの教育予算は国家予算の四分の一を占め、国民識字率は九三・五%と世界有数です。国が貧しいため、ほとんどの学校は午前と午後の二部授業ですが、子どもたちは元気に勉強しています。先生はコスタリカが軍隊を持たない理由、平和の大切さを熱心に教えていました。

 そして、びっくりしたのは、大統領選挙などで選挙権を持たない子どもたちも支持する候補者を応援し、模擬投票することでした。一種のお祭りイベントです。

 軍隊を捨てて五十年、平和外交で独立を守る

 コスタリカは約四百五十年前、スペインに征服され、その三百年後に独立したという歴史を持っています。それ以後、中米地域は内乱や紛争の絶えなかったところです。そんな中米で、なぜ「軍隊をすてた国」ができたのでしょうか。

 それは一九四八年の大統領選挙の際の不正疑惑がもとになって内戦になり、当時は軍隊がありましたから、双方に二千人の犠牲者が出たそうです。その反省から翌四九年に平和憲法をつくり軍隊を廃止したという説があります。

 しかし「アメリカの裏庭」とも言われている中米で、軍隊を持たずに五十年も独立を維持してきたのは大変なことだと思います。これまでもニカラグア内戦中、ニカラグア反政府ゲリラに肩入れするようアメリカに迫られたことがありました。それを巧みな外交交渉で切り抜けてきたそうですが、アメリカ全体の「米州機構」「米州相互援助条約」に加入し、国際世論の力で自国の独立と安全を確保する方針をとっています。

 「有事法制」で「戦争を放棄した」はずの日本が遠く中東地域にまで軍艦を派遣する動きがあり、皆さんとても心配しています。この映画の自主上映会が全国各地で開かれているのも、そういった関心の表れではないでしょうか。

(聞き手)角張英吉
(写 真)関 次男

(新聞「農民」2003.3.3付)
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2003年3月

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