「農民」記事データベース20030127-571-06

中村俊彦さんが語る

田んぼのエコロジー

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 金もうけのためでなく、生きるための農業を

 国内で自給自足が求められる事態になると、いまの農業では太刀打ちできない。いまの農業は、経済原理のスタイルで無意識のうちに金もうけの農業をめざしている。

 大規模化された近代農業は、モノカルチャーの状態です。目的の農産物を効率的に栽培するため、環境は単一で、植物や動物の多様性は破壊されています。

 また「土地改良」は、自然を根本的に変えてしまいます。田から水をなくしてしまい、水系の連続性を分断する。昔は海から谷津田の奥まで全部つながっており、海からウナギも来ていました。それがコンクリートで断絶されてしまった。陸と、林と田んぼもコンクリートで隔離され、もはやカエルは行き来できない。

 農業土木の研究者に聞いてびっくりしたんですが、土地改良に投資したお金の回収に二十年かかるというんです。二十年間はずうっと借金が続く。これも将来の日本の食糧確保のためだというんですが、私には理解できません。なぜそのお金を最初から直接農家に使ってもらわないのか。それがなぜ農家の方にいかないのでしょうかね。

 生態系にむりを強いる土地利用は、自然のポテンシャル(セン在的な力)まで疲弊させてしまっています。この状態は農家の将来はもとより、人間の生きるシステムそのものの問題に及んでいるんです。

 昭和三十年代初めのころ、脱穀機とか耕運機ができていましたが、基本的には農業をひっくり返すような機械化ではなくて、補助的な、効率化の範囲にとどまっていました。いまはひっくり返っていますよね。農業が工業になっている。自然から恵みをいただくというより、自然を消耗させています。

 水稲栽培でみると、三十年代まではエネルギー効率はプラスでした。単位面積あたりの収量を最高にする、というのが近代農業の目的でしょうが、エネルギー効率はひどいものになってしまいました。

 当時の農林省農業技術研究所の宇田川武俊さんが、雑誌「環境情報科学」(5―2 1976)のなかで「水稲栽培における投入エネルギーの推定」という画期的な論文を書いています。年度別に投入エネルギーをカロリー計算しているんですね。それをみると、投入量に対する産出量の比率が一九五〇年に一・二七だったのが、七四年には〇・三八です。投入エネルギーが九千百五十から四万七千へと五倍以上になっているのに、生産量はわずか一・五倍くらいです。労働力は半分以下に下がってはいますが……。

 昔の農業は古臭くてよくないというのは、エコロジカルに見てとんでもない話です。昔の方がよっぽど合理的だったことが、こういうデータからも分かるわけです。

 これからは農業の時代がやってくる

 伝統的な農業を生かしていかないと、人間はおそらく生きていけないでしょうね。自然環境がどんどん疲弊していますから。田んぼや里山がいかに生命の多様性を支え、また人々の暮らしにどんな恩恵を与えてきたかを、今一度見直してみることが大切だと思います。

 農村の自然のシステム・生態系は、自然と人間の共存サイクルです。人間は自然から恵みを得、生活の廃物がでたらそれをまた自然に返すというように、循環していました。だから長続きしていたのです。

 自然の多様性と連続性に裏打ちされた農村の生態系は、自立し、持続可能なシステムをつくってきました。

 昔は一戸の農家で、野菜を植え、米も作り、家畜も飼っていました。多様な農業をやっていた。大もうけもしないが、大失敗もしない。米だけでなく、野菜も作っているし家畜もいれば、米がだめでも野菜がある。田んぼには米だけでなくてウナギもいた、タニシもいた、ドジョウもいた。米がとれなくて不作でもドジョウやタニシがいれば、とりあえずそれを食べて生きていけた。

 食べて幸せに生きて子孫を残していける、というのが人間が生きる基本です。それを日本人は農耕で、自然とうまく付き合いながら獲得してきました。もちろん日本の自然がとっても豊かだったからでもありました。

 農耕をとおしてより豊かな自然をつくってきたのは、人間が生きるためです。生きるために生物多様性を増大させ食料としてきました。人間がやってきたことは、自然の恵みをいかにして最大限に引き出せるかということです。それが日本の伝統的農業だったわけです。

 よく「ノスタルジー」といわれるんですが、それはそれなりにいい面がいっぱいあった。いまからその時代にもどれるかというとそれはむりです。けれども、バック・トゥ・ザ・フューチャーというか、未来に向かってバックする。これからの農業はそういうことをもう少し考えてみてもいいのではないでしょうか。

 私たちも「みんなで田んぼを守ろう」と、二年前から田んぼで米作りをさせてもらっていますが、米作りはすごく楽しいものだと思いました。もちろん大変な作業ですけど、すべてが暗いわけではない。田んぼに素足で入るときのあの感覚、稲を刈るときのグサッという感触……すごいですよね。あの感触を経験できないのは不幸です。

 農作物については単品目の大量生産だけではなく、安全でバラエティーに富むおいしいものを近くの消費者に提供する工夫も重要だと思います。

(新聞「農民」2003.1.27付)
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2003年1月

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