中村俊彦さんが語る田んぼのエコロジー●上●いま日本の農業・農村が危機に直面しています。米作りを壊滅に導きかねない政府の「米改革」、農地の株式会社への売り渡し。国民の主食・米と田んぼを守ることがどんな意味をもつのか、生態学者で農村自然環境の研究をしている中村俊彦さんに聞きました。
伝統的農業が生物豊かな自然をつくってきた食糧を初め自然環境や生活文化を担ってきた日本の農業は、経済原理を軸とした現代社会のなかで、いま、大変な状態です。農産物価格は低迷し、そのうえ相続税や後継者不足の問題を抱えれば、土地を手放さざるを得ない、あるいは手放さないまでも耕作できない、これはほぼすべての農家の実情と聞いています。 農村の自然は、人が手入れをして保たれてきた環境です。都市化や近代農業と土地改良などで年々変貌する田畑や雑木林の様子を見るたびに、農家やその伝統的農業がいかに日本の自然を守り、また豊かなものにしてくれたかを実感しています。 水田や水路の水辺環境は、人々が米作りのためにつくったものですが、さまざまな動植物が生きる生物の宝庫です。 田んぼには畦があって、水路があって、水田面があります。場合によっては溜池もある。それぞれ水環境が全部ちがいます。地上のほうでも畦のところ、水路の脇、ちょっといって土手のところと、近くに原っぱもあったり、森林があったりします。 このような農村自然の環境の多様性は、人間が田んぼをつくったりすることによって生まれたものです。 いろんな場所にいろんな植物が生えます。いろんな植物にはいろんな昆虫が寄ってきます。サギや、かつてはトキも田んぼの近くの林に巣をつくっていました。猛禽類のサシバやオオタカもやってくる。このような多様な生物のつながりが食物連鎖です。 生物多様性というのは「いろんな生物がいる」ということです。多様性が高いということはいろんな可能性があり、いざというときにもなんとかもちこたえるための安定性があるということです。人の手が入らなくなると、自然の多様性はむしろ失われてしまうのです。
家族農業と村を核に自然を見極めながら伝統的農業手法は、自然本来の力を最大限に引き出すものだったのです。 自然というのは、一朝一夕では分かりません。農業は、そんな自然のようすを見極めながらおこなわれてきました。一生をかけて自然を理解しながら、農業を完成させていく。子どものころから田んぼで遊びながら、田んぼの四季を知る。自然をしっかり理解するためには、一生かかるのではないでしょうか。 そんななかで農業がどうやればうまくいくかということも、一生かかってやっと分かるんだろうと思います。農業は工業とちがいます。マニュアルではなく、経験です。 農業をとおして自然の恵みを効果的に得るためには、人々が助け合わなければならない。まず家族がしっかりしていて協力し合い、さらに村単位で協力し合うことも必要です。日本の伝統的な農業は、家族や村が核になってそういう助け合いのシステムをつくってきました。ただ、農家の人が「俺はやる気がない」というのでは、これはもう仕方がありません。 村でつちかわれた社会的仕組み、文化、信仰は、農村の自然を守る役割を果たしてきました。 日本人は「いろんなところに神が宿る」という発想を持っています。たとえば水神様がある。いまでもときどき、おじいさんやおばあさんがきて、拝んだり、掃除したりしています。そんな水神様の周りの木を切ると罰が当たるとか、そういう言い方をしながら水神様を大切にする。これは自然を大事にし人々の水源を守ることになるのです。 最近、「妖怪が村境に出てくる」という話を聞いておもしろいなあと思ったんですが、村境はそれぞれの村々の侵してはいけないところです。外部から村人と村の自然を守るために、庚申塔や道祖神がまつられてきました。苦しくても開発してはいけない、開発させないために妖怪が出るとか、祟りがあるといって村境を守ってきた。狐につままれた、狸にだまされたというでしょう。そんな伝説の場所も村境です。 昔からのこのような言い伝えは、迷信だという人もいますが、実は生態的にみると非常に合理的なんです。そこには資源を守る論理がかくされているのです。水田や森林は水源涵養の場所であるばかりか、洪水や土砂崩壊を防ぎ、森林からは常に肥えた土や有機物が田畑に供給されてきました。みんなが勝手に木を切ったりしたら、資源はすぐに枯渇してしまいます。 「風水」は、いまは占いみたいになっていますが、人が生きるうえで一番安全な土地と合理的な土地利用を、昔の人はこれで探り出してきたのです。
〈プロフィール〉 (新聞「農民」2003.1.13・20付)
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[2003年1月]
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