「農民」記事データベース20021118-563-04

「再生プラン」と農地制度「改革」―(1)―

―なにが問題なのか―


農地制度「改革」問題と当面する「特区」構想

駒沢大学名誉教授 石井 啓雄

 「再生プラン」とのかかわり

 武部前農相の指揮下で、農水省が「“食”と“農”の再生プラン」なる政策文書を発表してから半年あまりがたちました。

 その「再生プラン」の一環でもある「米政策の大転換」が、日本の米生産と稲作農家、そして地方経済に与える影響は、米に関する政府責任の放棄を通じて、再生とは正反対の壊滅的打撃であることが次第に明らかになっています。「再生プラン」がいう農協「改革」もまた、農協の普通バンク化、大型会社化によって、農家の生産や商品の購販活動に関する協同を損ないかねないものであることに、多くの農民が気づきはじめています。

 そのほか「再生プラン」にはいろいろな問題がありますが、なかでも重大なのは「農業構造『改革』の加速化」というかたちで打ち出されてきた農地制度「改革」問題です。農地制度の問題は、たとえば米問題のようにすぐには激烈な影響が出ないので、運動としての取り組みはなかなかむつかしいのでしょうが、しかし農業にとって最も根幹的な生産手段である土地の、所有と利用にかかる制度問題なので、その「改革」の影響はゆっくりと、だが深刻なものとして出てこざるをえません。

 いま小泉首相らが、農水省を動員し、財界の代表や御用学者とともに練っている農業構造「改革」加速化案=農地制度「改革」案は三つあります。だがそれぞれの内容を検討してみると、一つの大きな共通項があることがわかります。それは寄生地主制を解体した農地改革の結果つくりだされ、戦後日本農業のベースとなってきた農民的な土地所有を、株式会社・法人大企業が蚕食するのを奨励しようとするものだということです。

 この農業構造「改革」加速化案、すなわち法人化奨励・株式会社大企業の農地取得推進論を正確に理解するうえでは、問題を大きくとらえて、第二次世界大戦直後の農地改革までさかのぼる必要もあるのですが、先にあげた三つの案のうちの一つの「特区」構想は、政府と与党が今の臨時国会で法律を成立させることを意図しているので、まず最初にこの案を批判的に紹介することから始めたいと思います。

 構造「改革」特区と株式会社

 この春頃からマスコミでもしばしば「構造改革特区」なるものが報道されてきましたが、もとはといえば、これは経済財政諮問会議で、奥田日本経団連会長、牛尾元経済同友会代表幹事のほか、本間正明、吉川洋、八代尚宏各氏(いずれも首相に委嘱された学者メンバー)などが言い出した構想で、民間活力で経済を活性化させるべく特定の地域で大幅に規制を緩和するという案です。

 そして地方自治体や企業に提案をよびかけたところ、株式会社による病院、学校、農業の経営などを含めて、八月末までに全国で四百二十六の案が出されたといいます。そのうち農業関係が最多で九十四件、株式会社の農業経営・農地取得の自由化案、農地付き別荘の自由化案などが主なものでした。

 株式会社の病院や学校の経営は、厚労省や文科省の当然の反対で葬られることになりましたが、農水省の対応はこれとは違って、一定の条件つきながら農業生産法人(次回以降に説明)にもなれない株式会社の農業経営と農地の権利取得を認めるというものでした。また都市住民などの趣味的、健康増進的農業は、すでに十年以上も前から特定農地貸付法や市民農園法によって、一定の範囲で可能だったのですが、この市民農園の開設条件も緩和するというのでした。

 その後八月末から十月末までの間に若干の経緯がありましたが、十一月五日に国会に提出された「構造改革特別区域法案」は十四の法律を一括「改正」しようとするもので、うち農業分野の内容は次のようなものです。

 (1)不耕作地などが相当程度ある区域について、市町村などが計画を作成し、首相の認定(農相の同意)で、構造改革特別区域を設定できる。

 (2)同区域内では、市町村や農地保有合理化法人は農地法の許可なしに農地の権利を取得できる。そして所有権は駄目だけれども、(1)市町村などとあらかじめ協定を結び、(2)役員のうちわずか一人でもが農業農作業ではないことに注意。詳細は次回以降で説明)に常時従事するなら、どんな株式会社でも、その農地を借りて農業をすることができることとするべく、農地法の特例を設ける。

 (3)同区域内では、市町村や農協以外の者(株式会社でもNPOでも農家でもよい)も、農業委員会の承認を受ければ市民農園の開設ができるよう、特定農地貸付法などの特例を設ける。

 そのほか農家民宿の特区は、法律ではなく消防法などの政省令の特例でできるようにするとしています。

 なお法案では、首相を長とする構造改革特別区域推進本部を内閣に設けるともしており、首相は九月の内閣改造のさいにその担当大臣(鴻池祥肇氏)まで指名しています。

 一国二制度は蟻の穴

 (2)については、協定に違反した場合などには賃貸借などを容易に解除できるよう法律に規定するなどとはしているのですが、しかしこれは農業を続けているという格好さえとれば、どんな法人企業でも特区の中では、ほとんど自由に農地を借りられるということです。これは農地法の無法地帯に近い状態でしょう。

 そしてここから決定的に重要な事態が少なくとも二つ生ずるといえます。第一は、一国二制度という不安定な状態になることです。そして第二には、大きな流れとしては、この特区を全国区にする動きが強まるだろうということです。

 つまり特区における農地法などの特例は、河川の堤防に掘られた蟻の穴、それどころかネズミやモグラの穴のようなものとして作用し、農地法という農民的土地所有と家族農業を守る堤防を決壊に導いて行くにちがいないのです。その意味と結果については次回以降で述べます。

(つづく)

(新聞「農民」2002.11.18付)
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2002年11月

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