「農民」記事データベース20021118-563-03

「登録失効農薬」問題に対する農民連・産直協の要求と見解

農民運動全国連合会・産直運動全国協議会


 七月三十日山形県内で登録失効農薬を販売していた二業者が、農薬取締法・劇物取締法違反の容疑で逮捕される事件が発生し登録失効農薬問題が社会的問題としてクローズアップされています。

 一方、農水省は、違法な農薬を流通させてきた責任を棚上げして「無登録農薬であることを知りつつ、販売、使用した者によって起こされた事件」として農民に責任を押しつけ、「無登録農薬」が使われた地域すべての農作物を「産地廃棄」させるなど、深刻な事態をもたらしています。

 いま、BSE問題や食品企業による表示偽装事件、輸入野菜の残留農薬問題など、消費者の食に対する信頼が大きく揺らいでいます。こうしたなかで起きた登録失効農薬問題は、国内産の安全で安心できる農産物を求めている国民の願いを踏みにじるものであり、一貫して安全でおいしい農産物を国民に供給するために努力してきた農民連・産直協として、問題の原因と背景、再発を防ぐための万全な対策、農民の努力方向について見解を明らかにするものです。

 (1)農薬使用を推進してきた行政と安全を求める運動の発展

 農業基本法にもとづいた農政は、農産物輸入自由化を前提として、効率主義・規模拡大の政策を進め、少品目大量生産、連作障害、農薬の多用など、農業生産に様々な歪みをもたらしました。

 その一方で、六〇年代後半から、水俣病や森永砒素ミルク事件など国民の健康を脅かす事件が相次いで、食の安全や環境を守れという世論と生協など消費者運動の発展に励まされ、農薬や化学肥料を減らす努力が全国各地ではじまりました。

 七〇年代に入ると、生協運動の中で、農薬取締法にもとづく残留農薬基準などの不十分さに対抗して、農薬を使う農民と食べる消費者の健康を考え、それぞれの地域にあった独自の「農薬使用基準」づくりが活発になり、農薬や化学肥料に頼らない生産技術の探求が全国各地に広がってきました。

 農民連は、こうした実践を踏まえ一九九七年六月「日本農業の再生をめざす有機農業宣言」を発表し、「政府や財界の言いなりではなく、農業を本質から考え、労働への誇りを失わず、地域の仲間とともに研究し学びあう自主的かつ科学的な立場が欠かせない」と、より安全な農産物の生産を全国に呼びかけました。

 しかし、行政が行ってきたのは、これに逆行するやり方でした。たとえば、「組合員等は、共済目的について通常すべき管理その他損害防止を怠つてはならない」という農業災害補償法第九十四条の規定にもとづいて、気候や栽培・防除の条件が明らかになっていない冬から春にかけて作成された「防除暦」に沿った防除をしないことを「通常すべき管理その他損害防止」努力を怠ったとみなすなど、生産現場で、事実上農薬使用を義務づける指導が行われてきたのは、その一例です。

 今回の問題で最も問われなければならないことは、登録失効農薬が堂々と流通してきたことであり、政府が農薬メーカーの利益を優先して農薬取締法の矛盾を放置してきたことです。

 農薬取締法のもとで、農薬の製造・輸入は国による登録免許制であり、農薬の販売は都道府県に届けて許可を得なければならないことになっています。

 (2)農薬取締法による規制をあいまいにしてきた行政の責任

 今回、問題になっている登録失効農薬について農水省は、「その多くは密輸によるもの」としています。農民連が九月十日、農水省にこの点を質したのに対し「農薬の成分名で輸入されると輸入を禁止できない」と答弁しています。これは、政府が違法行為を見過ごし、泳がせてきたことを自ら告白したに等しいものです。

 また、山形県当局は、十年間に七回に及ぶ農薬販売業者への「立入調査」を実施したものの、業者側に調査の日時をあらかじめ通知するなど、業者との「癒着」との疑念をもたざるをえない対応をしてきました。ことし八月に逮捕された農薬販売業者は、公判で「(県の)黙認だと思った」と証言していますが、ここに今回の問題の本質があらわれています。

 農産物を強制的に廃棄させられた多くの農家は、こういう行政の怠慢の被害者です。

 私たちは政府に対し、(1)自らの責任を明確にし(2)被害農家に対する損害の補償や万全な風評被害対策を実施すること(3)密輸し販売した業者の厳重な処分と流通ルートの徹底究明、生産現場の実情や消費者の立場を十分反映した抜本的な再発防止対策をとることを強く要求するものです。

 (3)政府・行政の責任を棚あげした罰則強化だけの「農薬取締法改正案」に反対し、消費者と農民の立場に立った法改正を強く要求します

 政府は、臨時国会に「農薬取締法改正案」を提出しました。その特徴は、違法農薬の輸入規制や登録失効の告知、回収責任など、現行の「ザル法」といわれる部分にはまったく手をつけていないことです。そのうえ、違法な農薬を流通させている一部業者と、十分な情報もないまま使用した農民を同列視して罰則だけを強化するものであり、問題の解決に役立たない、およそ「改正案」とはいいがたい内容です。政府・与党は、会期の短い臨時国会で、国民的な議論もないまま成立させようとしていますが、私たちはこういうやり方に強く反対し、法改正にあたっては以下の点を折り込んで、事態の再発防止に本当に役立つものにすることを強く要求します。

 (1)行政の責任で登録失効の告知を徹底させる

 現行システムの最大の問題は、農薬の登録が失効しても、どんな農薬が、どういう理由で、いつ失効したかという情報が、農民にほとんど届かないことです。行政とメーカー・販売店の責任で情報伝達の仕組みを早急に確立すべきです。

 (2)登録失効農薬・期限切れ農薬の回収責任に対するメーカーの責任を明確にする

 現行法では、登録失効農薬の回収はメーカーや販売業者の「努力目標」とされているため、農家に農薬が保管されたままになっているのが実態です。使用期限切れ農薬の処理についても回収・処理するシステムがありません。これらの農薬について、メーカーが責任を持って回収し処理する制度を確立すべきです。

 (3)農薬の登録審査情報を公開するとともに、農薬安全使用基準の見直しを

 登録の際にメーカーが提出した試験データにもとづいて農薬の安全使用基準が定められていますが、対象作物、対象病害虫、使用回数などについて、さまざまな矛盾があり、これが不法使用の一因になっています。

 たとえばDDVP製剤の場合、ジャガイモは収穫前日まで使用可能とされていますが、サツマイモは十四日前、キュウリは前日まで、トマト、キャベツが三日前などとなっています。これらがどのような基準で定められたのかを明らかにすべきです。

 また、安全性を科学的に検証し、現場の実態などを考慮して、登録農薬の地域特産品への適用や、イモ類、果菜類、アブラナ科野菜など同グループのものに使用できるよう、必要な改善をはかるべきです。そのうえで、農薬は生産現場で使う農民が最も危険であるという立場で、農薬安全使用の指導を徹底させるべきです。

 (4)化学農薬に頼らない環境保全型農業の推進を

 さらに農薬の定義が「害虫や病気を防ぐために農作物に散布するすべてのもの」(天敵も含め)とされているため、天然由来の資材(木酢など)が適用外農薬にされかねません。

 これは、農薬に頼らない輪作や土作りを基本にした総合防除の実践に大きな困難をもたらし、化学物質に頼らない農法の研究の成果を摘むことになります。化学農薬に頼らない環境保全型農業を推進するのであれば、天然由来の資材等の検査は行政の負担で行うなど、より安全な防除資材の開発を進めるべきです。

 (5)適用外農薬使用を容認してきた行政の責任

 適用外農薬の違法使用が野放しになってきた要因の一つに、行政が行う空中散布があります。四割もの生産調整を強要され、水田と転作作物が混在している現状で、特定の作物、特定の病害虫だけを対象に空中散布をすることは事実上不可能です。これを続けることは、行政がみずから農薬の適用外使用を進めることにほかなりません。一律で画一的なスケジュール散布であるため効果にも疑問が指摘されています。空中散布は、地域住民の合意を前提に緊急に見直すべきです。

 (4)農産物の残留農薬の検査体制を強化し、安全な農作物を流通させよう

 今回の問題で、行政の責任が重大なことはもちろんですが、登録失効農薬が生産現場で使用された事実は、多くの国民を失望させる行為であり、その責任が鋭く問われています。「安全で安心できる農産物」を求める国民の願いにこたえるために、生産者はもちろん、食品流通にかかわるすべての関係者が、責任を深く自覚すべきです。

 同時に、農民連食品分析センターが中国産冷凍ホウレン草の農薬残留を告発し、世論の力とも結んで、これまでノーチェックであった加工食品の検査を実現させました。

 しかし、輸入農産物の多くは検査されないまま流通しているのが実態です。政府は、最近になって「トレサビリティ」(追跡可能性)をさかんに強調していますが、輸入農産物はその対象外とされています。また、国内では違法とされているものと同じ成分の農薬が、輸入農産物に使用されていてもまったく問題外とされています。

 私たちは、すべての登録農薬についての「農薬残留基準」を早急に設定することを要求すると同時に、輸入・国産を問わず、国内に流通する農産物の残留農薬検査を行う体制を国の責任で確立し、国民の食に対する不安を解消する抜本的な対策を早急に確立することを強く要求します。

 (5)農民連は栽培記録運動を広げ、生産物に責任を持ちます

 農民連は結成以来、「ものを作ってこそ農民」を合言葉に、安全でおいしい農産物を供給するために力を尽くすとともに、「生産者の顔が見える」ことを大切にして「生産者カード」を添付する運動を進めてきました。また、九三年の農水省の「有機農産物等表示ガイドライン」発表後、より安全な農産物の生産に向けた努力とともに、生産過程の記帳運動を全組織に広める運動を進めてきました。

 食の安全に対する信頼がゆらいでいる今こそ、農薬や化学肥料の使用を減らし、安全な農産物を生産するため、政府や業者の言いなりの技術ではなく、「土作り」を基本に作物の生育状況をよく観察し、病害虫の発生予察の精度を高め、天敵や輪作による共栄関係の利用、アイガモや米ヌカなどの天然資材を利用した除草技術など、これまで開発してきた技術を、地域にあわせて大いに発展させることが必要です。

 農民連は、こうした技術を地域全体に広げ、地域の農薬使用を減らしていくため、栽培記録運動を組織の基礎的な運動と位置づけ、その記録をもとに栽培講習会や圃場巡回などの生産技術向上につとめ、消費者に責任の持てる農産物を供給するための運動をいっそう強化する決意です。

(新聞「農民」2002.11.18付)
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2002年11月

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