牛農家の思い福島農民連 根本 敬
朝八時四分。郡山発東京行きの新幹線に、牛への給餌を終えた高野仁が乗り込んできた。大きなバックを抱えている。「そんなに荷物があるのか」と聞くと、「お土産」だという。「誰に?」――「当たり前だべ、世話になっている人によ」と、にべもなく答える。 高野は、福島・二本松市で四百頭余りの交雑種を飼う、農民連会員の肥育農家だ。今日は、一昨日に出荷した彼の牛のセリ日。彼の牛を産直で扱うために同行した。流通の仕組みと肉そのものを確認するために。 横浜のと場に近づくと、「いやあ、足が震えんだ」という高野は、座席に膝をしっかり閉めて座っている。「去年の十月から娘にお土産を買ってねぇんだ。今日は、買ってゆきてぇな」と、私の目をじっとみる。 横浜のと場に着いた。彼は、次々に事務所のドアをあけて「お世話になっています。高野です」といってバックに詰めてきた「お土産」を渡してゆく。「それって役に立つの?」と聞くと、「気持ちだ」としか言わない。 全農の事務所に入ると福島経済連の担当者が「いやあ、最高だな今度の牛は。五が出たぞ」。「ほんとがい。いやあ、よがった」といって、セリの前に肉を確認する。オゾンの臭いが鼻をつく。「これぐらいの牛が産直にいいな」と高野は言う。なるほど、これがサシか。 セリが始まった。セリは低調な価格で推移する。 彼の牛が回ってきた。彼は突然立ち上がり、「お願いします」と声を張り上げ、深々と頭を下げる。私は鳥肌がたった。彼の目は、価格表示盤に吸いついたままだ。表示盤が一キログラム「1431」円を示す。どよめきが起きる。この日の最高値だ。 セリ落とされた牛の解体を見る。案内してくれた買参人の方から、「ここはきれいだから見せられるけど、他の市場はなかなか見せられる所は少ないよ」「スーパーに回すような肉は、色が変わらないけど、食ってうまいのはメスで赤みがあるのがいいよ」というアドバイスを得て、産直にまわす牛を決め、高野とは横浜で別れた。 きっと娘さんへのお土産をあのバックに詰め込んで帰ったに違いない。
(新聞「農民」2002.7.15付)
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[2002年7月]
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