「農民」記事データベース20020304-529-02

自然と人間のど真ん中で食を考える

「スローフードな人生」とは…

 イタリアの食の思想を綴った『スローフードな人生』(新潮社)を、四年間にわたる取材で執筆したノンフィクション作家の島村菜津さん。現在、ニッポン東京スローフード協会で活動している島村さんに、スローフードの精神や、イタリアで生まれたスローフード協会の活動などについてお話を伺いました。
(森吉) 


 インタビュー

    ノンフィクション作家の 島村菜津さん


 この本を執筆したキッカケは…

 私はイタリアに一九八五年から通い続けています。イタリアの中世都市では、夕食を楽しんでから街を散歩していると、街の人が全部出てくるんです。毎日、まるで儀式のように朝夕二回散歩しています。メインストリートがあって、広場があって、広場に面したオープンなカフェでコーヒーや食後酒を飲みながら、みんなそこで顔を合わせる。文化って言うのか、街がそういうふうにできています。

 人びとが交流する街と生活と文化

 そこでは生産者と食べる側が、しょっちゅう顔を合わせていて、物々交換もあって、いつ牛を絞めるとか、そんな話をしています。顔が見えるどころか、名前まで知っている羊の肉を食べたりする。そこまで知っていると肉屋さんもゴマかせない。だから専門店も生き残りやすい。専門店が生き残っているので異邦人が行っても会話があるし、作り方なんかも全部聞ける。添加物がいやだっていう人が、添加物を摂らなくていい世界がまだ残っている。こんなふうに十五年間見てきたものをこの本で書こうと思いました。

 食生活の歪みを修復する運動です

 友人からスローフード協会の取材を依頼されるまで、その存在すら知りませんでした。この時、取材に応じてくれたスローフード協会副会長のシルヴィオ氏に「スローフードはファーストフード反対運動じゃない。強いて言うなら、反対しているのはファーストフード的な考え方。スローフードは『関係性』の問題。家族、恋人、友人とか環境という意味を含めた、自然と人間のど真ん中に食べ物があるということだ」と言われたのですが、その言葉の意味が、最近やっとわかってきました。

 日本でも、食べ物の作り方や食べ方など、すべてがファーストに傾き過ぎたことで、歪みが出ていると思うのです。典型的なのが狂牛病で、O―157やアレルギー、親子関係やキレる子どもなど、全てがファースト化しすぎたことで「関係性」がギクシャクしている。これも、食べ物をスローにすることで修復できる。スローフードは壮大な関係修復運動だと思っています。

 郷土の味を守る運動など三目標

 スローフード協会は、(1)宣伝力のない小さな生産者、郷土の味を守る、(2)子どもたちを含めた味の教育を行う、(3)放っておけば消えてしまいそうな料理や農産物を守る、という三本柱で活動を行っています。

 イタリアでは郷土の味を守るために、地元の食材を使って四季折々の郷土料理を出すレストランガイドを作っています。手軽な値段で食べられる郷土料理のガイドブックとあって、よく売れています。日本でも地方の会員が地元の良い物を紹介するレストランガイドを作りたいと考えています。

 子どもらの表現力や味覚を豊かに育てる

 子どもたちへの味の教育とは、栄養学に偏らないで、食べ物と心、食べ物と歴史を大切にしようということです。たとえばリンゴの見た違い、においをかいでみた違い、触ってみた違い、食べてみた違いを書かせる。「変なにおい」とか「硬い」とか、そういった単調な表現しかできない子がいるかと思えば、「しょりしょりして、やわらかくて、噛みやすくって、舌の上で粉っぽくなるけれども、ほんのり甘味がある」っていう、ものすごい表現をする子もいます。言葉って不思議なもので、表現力と味覚が、どこかで重なってくる。これは国語の勉強だし、表現力を豊かにしていくことにもなります。

 キーワードは「多様性」を追求すること

 また、協会では消えてしまいそうな農産物を守るために、二年前から年一回、世界スローフード賞の授与を行っています。昨年、私も審査員として参加して、ポルトガルで開かれた催しでは、インドのバンダナ・シバさんがノミネートした「自由の種」という自家採取運動に取り組む生産者の協会が受賞しました。これは三十四農村、千四十世帯が一緒になって有機運動をやっているグループで、遺伝子組み換えとハイブリッドの種を拒絶して、自家採取で六百種類以上、おコメだけでも二百五十種以上を作っています。さきほ

ど、反対しているのはファーストフードな考え方だと言いましたが、スローフードのキーワードは多様性です。多様性が種子から失われているのです。

 食は、子どもの情操教育の場であって、五感で味わうものだから、その味が子どもの心を豊かにすると考えるなら、味は単一ではいけない。ハンバーガーだけでは育たない心のヒダがあるかもしれない。そうすると、スローフードが目指すのは多様な味。つきつめれば多様なものが平和に共存する世界。そういう多様な味を守る人が世界スローフード賞を受けています。

 伝統食守る運動との違いは?

 スローフードと伝統食を守る運動はかなり重なると思います。大事なのは保守的にならないということです。新しい伝統を受け入れる寛容さも大切です。

 日本でも、小学校の栄養士さんのグループが頑張って、先生と子どもたちが農業体験したり、食の教育を先取りしている先生がいっぱいいて、私達のやってたことはこれだったのねって言えるような、スローライフをしている人が身近にいるんです。これから、こういう動きを、紹介していければいいなって思っています。

(新聞「農民」2002.3.4付)
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2002年3月

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