料理は“形”ではなく“心”――良い食材をシンプルに料理する――NHK大阪の連続テレビ小説『ほんまもん』が好評です。和歌山県熊野生まれの少女が大阪で亡父の店を継ぎ、結婚、出産、子育てをしながら、プロの料理人として成長していく物語。そのヒロイン役の池脇千鶴さんをはじめ出演者に料理指導をしてきた為後喜光さんに苦労話を聞きました。
連続テレビ小説「ほんまもん」の料理を指導した為後喜光(ためごよしみつ)さん鮎を熊野から時間差でこの料理指導のお話があったのは去年の一月でしてね。これまでも『料理少年Kタロー』とか『女は度胸』など十本くらいのドラマで料理の手伝いを引き受けたことはあります。しかし、今回は今までとは違った形でのお手伝いでした。初めは今までと同様の料理作り程度の軽い気持ちだったんです。ところが番組が始まったら、ものすごく“気合”が入ってきましてね。鮎の料理シーンに、スタッフが熊野へ生きた鮎を取りに行く。大阪から熊野まで車で八時間もかかるのに、せっかく運んだ鮎が死んだり弱ったらあかんと、時間差をつけて何回も運んだ。ウナギも然り。これが「ほんまもん」のこだわりなのかと……。 画面では鮎が生きてるか、弱っているか分からんではないですか。『ほんまもん』のタイトルをつけたのは、食材から料理方法、修業の厳しさ、人間関係などすべて本物でいこうという“気合”が入っているからなんだと知らされました。
カツオとヒラメも収録が始まったら、根津甚八さんや池脇千鶴さんに四〜五回続けて私の部屋に来ていただき、特訓をさせていただきました。さすがだと思ったのは、その真剣さでしたね。魚はイワシやサバから始まって、タイ、ヒラメ、カツオ、長いもの(ウナギやハモ)もおろしてもらいました。ドラマの一回目から二回目になると大抵みんな料理ができるようになる。普通の人とは違った大変な集中力だな、と感心しましたよ。池脇さんは素晴らしい女優さんです。叔父さんでしたか、料理人なんですよ。だからというわけではないでしょうが、料理の素質があって、画面には出てきませんが、大きなカツオをさばいてもらいました。大したものです。
“ダメ料理”に苦笑…苦労したといえば、献立づくりです。ドラマの進行に合わせた料理づくりをしますが、付き出しから始まるコース料理には九〜十一品くらいあります。画面に出るのは、ほんの一部分ですが、メニューとしては一通り出しているのです。そしてリハーサルの時後ろで見ていますと、俳優さんが器に盛る量が多いので「違う違う」と飛び出したら、「先生、これでいいんです。ダメ料理で“死に神”からクレームをつけられるシーンなんです」と説明され、それから以後は「モニターを見ていて気がついたことは、後でご意見を」とクギをさされましたよ(笑い)。
生きている魚以外は実家が淡路島で小さな旅館をやっていまして、私は長男で、家を継ぐのが当然と思っていました。小学校二年の時「門前の小僧」の見よう見まねで魚をさばいていたら、板前さんから「魚をおろしてみるか」と言われました。一尾おろしたら「もう一尾」と追加され、その時に褒められた記憶が強く残っているんです。その次の日に金物屋へ行って新しい包丁を買い、コノシロをおろしては中二階の縁側に干し、次のものを持って行ったら先のものを猫に持っていかれてしまったという笑い話みたいなこと、今でも覚えています。 小学校一〜二年の頃は実家の旅館には軍の将校さんたちが宿泊していて、家には西洋料理や中国料理、日本料理、寿司とそれぞれの板場さんがいましたが、戦後も、お客が来ると、父の勤める漁業組合へ行って生け簀から魚を揚げてきては料理していましたよ。だから当時は魚料理は生きてる魚以外は使わないんだと思ってましたね。
大阪へ出て修業一筋大阪の辻勲先生(後の辻学園調理技術専門学園長)の教えを受けることになったのは、高校を卒業した十八歳の時です。家業を継ぐものと思っていましたら、お袋から「大阪で修業してきな」と言い渡されたんです。当時の辻先生はスイスでグランプリをお取りになって、新聞社の催しで全国を講演して回っておられたのだと思います。淡路島に来られた時に、お袋がお話を聞いて感動し、その場で「息子を弟子にしてもらおう」と決めてきたと言うんです。 急な話なんでビックリしましたけどね。内弟子としてお世話になりました。それから四年後に調理師法ができて、調理師学校が開校しました。 学校では和洋中の料理はもちろん、一流の講師が入れ代わり立ち代わり授業してくれる。だから私の師匠は何百人にもなります。当時、大阪の寿司屋さんからご指導いただきました。寿司めし一つから皆違うんです。多くの技術とともに、料理の“こころ”を教わりました。それ以来四十八年一貫して辻学園にお世話になっています。
心が癒される料理こそこのドラマでは、女性がプロの料理人めざして奮闘していますが、実際大変だと思いますね。一番の問題は労働条件でしょう。湯をいっぱい入れた大きな鍋を下ろすのには、かなりの体力が必要です。それから結婚、出産、育児となると、亭主や周囲の協力がなければ継続できません。でも、それなりに時間をかければプロになれます。私は器用、不器用も十年たてば、あまり関係なくなると思うし、自分で小料理屋をやったりしている女性がたくさんいますよ。 おいしい料理をつくるには「まず新鮮な食材を選ぶこと。そして料理はシンプルに」が基本です。「食べる人が喜んでくれる料理」そして「心が癒される料理」こそが“ほんまもん”ではないですか。 (聞き手)角張英吉
(新聞「農民」2002.3.4付)
|
[2002年3月]
農民運動全国連合会(略称:農民連)
本サイト掲載の記事、写真等の無断転載を禁じます。
〒173-0025
東京都板橋区熊野町47-11
社医研センター2階
TEL (03)5966-2224
Copyright(c)1998-2002, 農民運動全国連合会