「農民」記事データベース20010604-495-10

信州のおばあちゃんと“茶のみ”

吉田文子


 信州の木曽谷、楢川村平沢にとっても元気な九十歳のおばあちゃんがいるというので訪ねました。江戸時代から三代続く、漆器の製造販売「伊藤寛司商店」の「マチヨ」おばあさんです。

 「よくおいでてくんなさった」と、ふきのお菓子、砂糖漬けの生あんず、梅、かりん、そしておばあちゃんが作った煮物を、それぞれ漆塗りの器に入れてもてなしてくださいました。お茶うけを朱塗りのお皿でいただくなんて、とてもお上品な感じがして、まるで、お雛さまになった気分です。

 手作りのお茶うけ

 マチヨおばあちゃんは、十三歳からこの漆器店に奉公に来て、塗りの仕事を覚えました。「苦しみはさんざ苦しんだだよ。“おしん”の生活と同じ。小学校一年の子が井戸から水を汲んで、桶で何回も運んで、お風呂を焚いてたんだからねえ。今の人が聞いたらウソと思うら?」。

 二十四歳の時、漆器店の二代目と結婚。その後も六十八歳で夫の病気の看病をするようになるまで、ずっと「うるし塗り」の仕事をしてきました。九人の子ども(うち四人は預かっていた子ども)を育てていた三十五歳から四十五歳くらいの頃には、戦争も乗り越えてきました。

 「食べるもんがなくてねえ。隣組の衆で山に木の芽摘みに行ってさ。夕ラの芽とかうまいのでなくて、普通の木の芽や葉っぱさね。でも、子どもが吐いちゃって…。親でも食べられないもの。そんなもの。親でも泣けた。何にしても戦争はこりごりだね。戦争はしちゃいけないよ」。

 九十歳になった今でも、工房の七人の職人さんに出す午後三時のお茶とお茶菓子はおばあちゃんの係です。ときどき氷餅を揚げて砂糖醤油でからめたものや、「鍋焼き」(残りご飯に小麦粉を入れて、砂糖と塩、ジャコなどを入れて、油で揚げたもの)など、あるものを上手に利用したおばあちゃんの手作りのお茶うけも登場します。

 楽しみな漆器祭り

 「塗り物は高いけど、ずっと使えるし、食べ物はおいしく見えるら。今は不景気だから前ほどは売れなくなったんよ。木曽の漆器は昔から、山越えて伊那の農家の衆が楽しんで使ってくれただよ。でもいま、農家もたいへんでょ」。そう言って、おばあちゃんは少し寂しい顔をしました。

 どんな食べ物でもおいしくみせてくれる、漆器の美しい色つや。木のぬくもりや木目の温かさ。日常生活の中に木の器を取り入れ、毎日の生活を楽しんでいきたいと思いました。

 六月初めの金・土・日は、毎年、「漆器祭り」が行われ、たくさんのお客さんで賑やかだそうです。お祭り中は、町に何十軒と並んでいるどの漆器屋さんでも、裏に「特設お茶のみ会場」を設け、漆器店それぞれの自慢の「おやつ」がふるまわれます。木曽名物「ほう葉巻き」(あんこ入りの餅をほうの葉で包んで蒸したもの)や「うど汁」など、繰り広げられる「お茶のみ天国」は、いかにも信州のお祭りらしいおおらかさ。

 今年はマチヨおばあちゃんが朝早くから張り切って作ったおやつをめあてに、漆器祭りに出かけようと、楽しみにしています。


夏芋の茶巾しぼり

 ジャガイモをうんとやこく(柔らかく)茄でて、砂糖と塩を入れてつぶし、布巾で茶巾しぼりの形に作る。たまねぎの炒めたのなんかを入れてもよい。春になって、芽が出てきたようなジャガイモ、小さいくず芋などを利用して作る。

(新聞「農民」2001.6.4付)
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2001年6月

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