砂漠化の中国・黄土高原第3回 春橋本紘二〈写真・文〉
春四月初旬ともなると、畑のあちらこちらで馬やラバに鋤を引かせ、春耕が一斉に始まる。 乾ききった黄土が砕かれ、土ぼこりが立っている。突然、強い風が走ってきた。砂塵が舞い上がり、竜巻がみるみる迫ってくる。目も口もあけていられない。春になると、日本に「黄砂」が飛んでくるが、それは春耕で砕かれたこの黄砂だったのだ。 春先は決まって強い風が吹き荒れ、空は黄砂で霞んで太陽もうすらぼんやりとしか見えない。今年、日本の福岡管区気象台は異例の二十二回も黄砂の飛来を観測した。
春耕の時期に雨が降らない小高い山の上にある廟の前に人が集まり、雨乞いのお祈りをしていた。種を播かなければいけない時期なのに、雨は昨年の九月から全然降っていないのだという。廟は文革時代に壊されたが、村人たち.が小銭を出し合って今春、再建したばかりだった。 年間降雨量はわずか四百ミリほどしかないのだが、その雨も春にはほとんど降らないのだ。農民たちは「春先の雨は油より貴重だ」と言う。 黄土高原は標高九百から千五百メートルの高地にある。山奥まで集落はあり、耕せるところは全て畑にしている。やっと立っていられるような急斜面まで畑がつくられている。 どこの村でも大地のキャパシティをはるかに超えた人口がいた。 天鎮県柳子保土村では八五年の人民公社解体の後、畑は村の一人ひとりに分与し請負耕作にしたが(中国では土地は国有で、農地は一人当たりに分与され、三十年間の借地)、その後に生まれた人には分与する耕地はなく、もはや開墾するところもないと村長は困っていた。
罰金を払って後継ぎ求める今、中国では「一人っ子政策」(農家は二人まで認められている)を強制的に推し進めているが、農家にとって男の子どもは大事な働き手であり、どうしても必要な後継ぎの子どもなのである。私が泊めてもらったある村の村長の家では、一番目の子は女の子で、二番目の子は双子の女の子。そして男の子を期待していた四人目は、やはり女の子だった。村長は二人の子の罰金(かなり高額)を払っていた。だが、罰金を払っても戸籍はもらえないのだと言う。戸籍がないということは、当然人口数に入っていないことになる。公表されている中国の人口は、十二億七千万人だが、実態はそれ以上であることは間違いない。
(新聞「農民」2000.10.2付)
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[2000年10月]
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