雪印食中毒事件の裏に隠された不安が…座談会 大手乳業労働者を囲んで利益優先、人減らし、労働強化被害者数約一万五千。かつてない規模に広がった雪印大阪工場の食中毒事件は、一企業の問題にとどまらず、乳業界全体に、国民に安全で良質な牛乳を供給する企業の責任という問題をつきつけています。「とても対岸の火事とは思えない」と口を揃える雪印、明治、森永の大手乳業メーカーの労働者と、農民連の代表が一つのテーブルにつき、今度の事件を通して見えてくる利益優先の企業の実態と、それをどう克服するかについて話し合いました。
「対岸の火事」ではないAさん(雪印の労働者)東京の職場では今、「新しい職を探さなければ」と公然とささやかれ、不安が広がっています。毎日新聞に、大阪工場に働く労働者の家族の手記が載りましたが、本当にひどい労働条件です。Bさん(明治の労働者)私も、この事件について「たまたま雪印が先にやっちまったな」という印象を持っています。現場の労働者は安全管理がなおざりになっていると感じていても、まっとうにはできなかったんじゃないかと思います。 Cさん(森永の労働者)私の会社は四十五年前にヒ素ミルク事件というのを起こしました。やっぱり原料検査の不十分さが原因でした。ただ、それ以来、品質管理については他社と比べて厳しくやっていると思います。 佐々木健三・農民連常任委員(福島・酪農家)いま酪農家が搾る乳質は上がっていて、細菌数は五万以下、そのまま飲んでも大丈夫なレベルです。それだけに「我々がこんなに苦労しているのに」というのが、今度の事件に対する率直な思いですね。 小林節夫・農民連代表常任委員 ところがメーカーは、乳脂肪分だ、無脂固形分だ、体細胞数だと言って買いたたく。茨城の酪農家が飲用乳価の引き上げで要請に行ったら、雪印は「日本の酪農家がいなくなっても結構です」と言ったそうだ。それだけに、階級的な立場で、この事件を見る必要があると思っています。ところで、この食中毒事件、原因はまだ解明されていないけれども、何が引き起こしたと考えられますか。
事前に「点検通知」で大掃除Bさん 新聞報道などによると、再生乳だということが注目されていますよね。賞味期限切れのものまで含まれていたとか、配送関係の労働者がパックを開けていたとかには驚かされるんですが、少なくとも工場の倉庫に保管されていた牛乳の再生は、どの工場でもやられていることなんです。それだけが原因というのは考えづらいですね。それから洗浄の問題ですが、自動洗浄システムから外れているラインを開けてみたら、中はドロドロだったということも結構あるんです。何月何日に製造された分が危ないっていうんで、卸しているスーパーに労働者が買い集めに行くことも。 Aさん だいたい、保健所が点検に来る時は事前に連絡がありますから、二日くらい前から大掃除ですよ。見られちゃやばい可動式のラインとか、野積みになっている輸入脱脂粉乳なんかは、見つからない所に隠してしまいます。 佐々木 先月、この事件で厚生省に行ったんですよ。そうしたら、たった一人のHACCPの担当者が、全国で保健所の職員が六千人いるから大丈夫だって言っていたけど、今の話を聞いて「とんでもない」っていう思いです。結局、ナアナアでやっている。 小林 核燃料をバケツで扱い、警官が泥棒する時代だ。何が隠れているかわからないってことですね。 佐々木 そのHACCPですが、高度な衛生管理技術だといわれていますが、それを担保する人員の配置義務みたいなものはないのですか。 Aさん 食品衛生法を改悪して、承認工場には食品衛生管理者を置かなくてもいいことにしちゃったんです。まったく逆ですよ。
トイレにも、昼食もできずBさん それが実は大問題なんです。労働者には、どのラインがHACCPの承認対象か、まったく知らさせていないのです。これで安全が守られるはずはありません。ただ膨大なチェック項目だけが押しつけられる。それで持ち場を離れられず、トイレにも行けないとか、おにぎりを食べながら仕事をしているというのが実態です。 そのHACCPの整備や施設整備に、明治は、農林水産金融公庫から去年八十億円、今年百億円以上の低利融資を受けています。 佐々木 乳業メーカーがHACCPをこぞって取得し、政府もそれを後押しする背景には、牛乳・乳製品を国際基準で流通させようという狙いがあるんじゃないか。つまり、国内の酪農家から買いたたけるだけ買いたたき、ダメになったら輸入すればいいという。
消費者は本物の味求めている小林 この事件が起きて、雪印の有価証券報告書を読んだら、「毎日骨太」で儲けを増やしたって書いてあった。「毎日骨太」っていったら、今回の中毒事件で回収されたやつでしょう。
ドル箱の「毎日骨太」で大儲けAさん そうなんです。あれはドル箱だったんです。安い脱脂粉乳に添加物を加えるだけでできるわけですから。それに雪印は、円高の時に脱脂粉乳の輸入差益でずいぶん儲けたんですよ。佐々木さん カルシウムを添加しても人体に吸収されないんだから意味がない。絶対に本物の牛乳のほうが体にいいですよ。 私は、十三年前に自前のミルクプラントを建て、搾った乳を低温殺菌で宅配して売っているんです。消費者に口コミで広がりました。ところが、知り合いに明治の販売店をやっている人がいまして、販路を広げるそばから顧客が逃げていくって言うんです。やっぱり本物の牛乳でないと、客が長続きしないって。 Cさん 大手企業は、巨額の宣伝費を注ぎ込んでいるから、加工乳や乳飲料といった還元乳の消費が伸びているんだと思います。成分無調整牛乳、いわゆる本物の牛乳は、企業にとっては儲けが少ないんですよ。(Aさん、Bさんも頷く) 佐々木 表示の問題もあります。還元乳でも、生乳を五〇%以上使っていれば、商品名に「牛乳」の文字を使ってもいいという表示基準は改めないといけない。企業が「牛乳」をつけたがるのは裏を返せば、牛乳は体にいいということが消費者に定着しているからです。消費者を裏切らないためにも安全で良質な本物の牛乳を届ける責任を企業も自覚してほしいですね。
安全守るルールを職場にBさん 明治の社長は年頭のあいさつで、「二十一世紀を前に、トップシェアを獲得するんだ」と言っています。この方針のもと、製造ラインのコストダウン、人員削減は極限にまで達しています。明治は、千葉の市川工場を閉鎖し、茨城の守谷に巨大工場を建設し、処理費用を三割削減したといわれています。Aさん 雪印もまったく同じです。九五年に立てた新中期計画で、定年退職者及び退職者を出しても要員補充はしない。それでも足りなくて、いやがらせで転勤を強要、退職を迫るということが起きています。 Bさん 正規職員と臨時雇用の問題もあります。今、明治では全従業員の三分の一強は、臨時雇用じゃないかな。基幹的な作業を、臨時従業員だけでやっている職場もあります。 深刻な労働条件が全国に広がっています。明治乳業争議団では、「安全、品質を守れる最低のルールを職場に築こう」という運動を進めています。先ほどのHACCPしかり、それを保障する労働環境を総ざらいするつもりです。
日本の酪農を守る運動に全力小林 過酷な労働条件、酪農家に対する買いたたき、それに食品の安全無視が、企業の利益第一主義、輸入優先の姿勢にもとづいている。根っこは一つです。佐々木 WTO協定後の五年間で、酪農家は二八・五%も減少しています。酪農家が減れば、企業の輸入に頼る姿勢はもっと強まるでしょう。乳価引き上げをはじめ、日本の酪農を守る運動に全力をあげていきます。それとともに、本物の牛乳の味を消費者に届けていきたいと思っています。
HACCP(ハサップ)とは、アメリカ航空宇宙局(NASA)が宇宙食の開発向けに確立した衛生管理手法。従来の手法が、最終製品をランダムに採って検査(いわゆる「抜き取り検査」)していたのに対し、HACCPでは製造工程の各段階でチェックするのが大きな違い。一方、チェックは企業の自主性に任され、コストダウンを計る企業の中で機能が十分発揮されないことが、今回明らかになった。 (新聞「農民」2000.8.28付)
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[2000年8月]
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