「農民」記事データベース20000710-456-08

白菜がすきだ

武 力也 詩人会議会員/千葉県船橋市在住


これは朗読ではない
詩でもない
商売の話です

今日ここへ来るときも
大安売りの旗の中を歩いて来ました
大安売り
安売りとは一〇〇円の物を九五円で売る
五円は店の儲けを削るのだと思っていたが
そうじゃない
安いのは他より安いということ
仕入れが八〇
売値が一〇〇で儲けは二〇
これが普通
仕入れが八○
売値が九〇 もうけは一〇
これが安売り
では
仕入れが四〇
売値が七〇 儲けは三〇
これはなんだ

これは朗読ではない
詩でもない
商売の話だ

たとえば白菜をつくる人がいる
畑をつくり種をまき
収穫まで八〇日かけ
一反 三〇〇坪 一〇アールから四〇〇〇個の白菜を取る
包丁でもぎ よけいな葉を取り 洗い
四つずつ箱に入れれば出荷だ
トラックが市場へ運ぶ
市場では仲買や卸業者が
セリあって値を決める
となれば文句はないが
大手の業者が幅をきかせる
町の八百屋が二〇や三〇の白菜をセルのは
嫌がらせとしか見られない
だれでもセリあえるというのはたてまえだ
力があるのは
大量に買う業者
品簿だと買い占めたいし
ダプつくと値切る

なぜ値切り 買い占めたいのか
彼らもまた値切られ 買い叩かれる
スーパーや量販店が
ちょいと指で押すだけで
ドミノみたいに倒れていくのだ

値切るのに際限はない
安ければ安いほどいい
思い通りの値をつけて
白菜をつくる畑の人に
白菜一〇〇〇ケース 四〇〇〇個
一四二九〇〇円を払う

これは詩ではない
朗読でもない
商売の話だ
だから金勘定の話になる

一四二九〇〇円から
畑の人は
箱代一個八五円 一〇〇〇個で八五〇〇〇円
市場の手数料 売り上げの八・五パーセント一三一三〇円
運送屋のトラックに四二三〇〇円払い
手元に残る四〇〇〇円
白菜は一個一円

安ければいいか

安売りの旗があれば安売りか

一円の白菜が新しい値をつけ
スーパーの棚に積まれる
レストランのテーブルで飾りつけられ
ギョーザの皮で包まれる

白菜がすきだ
塩漬けもいい
キムチもいい
畑の人が丹精しただけ
白菜は色白だ
二つに割ればびっしりと葉がつまり
腰のあたりが丸々と太ったやつだ

白菜が一円だったら
ほかの物も一円にしろ
箱も
トラックも
市場の手数料も
仲買も
スーパーの上乗せも一円にしろ
それじゃ赤字だ
ボランティアじゃないというのか

畑の人は赤字じゃないのか
畑はただか
白菜が自分勝手に生えてきて
市場まで転がっていくのか
白菜が自分で自分を洗うのか

白菜がすきだ
そぎ切りにしてトロミをつけて
焼そばにあげたやつ
苑でてパラリとカツオ節をふったやつ
文句があるなら食うなというのか
小松菜やホーレン草を食えというのか
畑にあるのは白菜だけか
スーパーに並ぶのは白菜だけか
トラックは白菜だけしか積んでこないか
白菜が一円なら
チンゲン菜もレタスもネギも
みな一円の運命にある

安ければいいか
安いにこしたことはない
だが
おれたちが鍋をかこんで有頂天になっているとき
湯気の向こうに畑の人の顔があり
うまそうに食べるじゃないか
白菜をつくって良かったよ と言えたうえでだ

箱は作って積んでおける
トラックは止めておける
スーパーも市場も仲買も
時間がくれば扉を閉める
だが白菜に休みはない
育たねば育たぬで心配し
育てば育つでまた心配
旬はいつかと畑の中で噛んでみる
色は白くて はじけるような腰まわり
大柄すぎず 小さくもなく
人でいうならMサイズ
これを四つ箱につめ
トラックで市場に出すのがメシのたね
市場では
となると
も一度もとに戻ってしまう

白菜がすきだ
サクサクの歯ざわり
まっ白なクキ
肉や魚が少ないときは
テンコ盛りの白菜でごまかせもする

白菜がすきだ
霜にあたってこなれたやつだ
二つに割るとびっしりとして
持ちごたえのするやつだ
畑の人が畝の中でパリッと噛んで
味も甘さも保証ずみ
この白菜 一個一円
安くていいなら
持っていけ

(新聞「農民」2000.7.10付)
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2000年7月

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