“この清流にダムは不要だ”熊本・川辺川「国営土地改良事業計画」
流域二千人超す農民が訴訟重い負担 2650億円のムダ遣い五木の子守唄で知られる熊本県五木村。村を流れる川辺川は環境庁が「水質日本一」の折り紙をつける清流です。この清流に建設省が計画している九州最大の多目的ダムにより、子守唄のふる里が湖底に沈み、川が死んでしまおうとしています。ダムの利水事業として計画された、国営川辺川土地改良事業をめぐっては、受益者の半数を越える二千百名の農家が「減反政策のもとで新たな負担をともなう利水事業は不要」と事業の見直しを求め、全国でも異例のマンモス裁判を起こしています。今年の九月八日に判決を迎えるこの裁判は、二千六百五十億円と言われる川辺川ダム建設の必要性そのものを問い、全国の無駄な公共事業をやめさせ、予算を国民の暮らしと福祉、農産物の価格補償へと転換させる重要な意義を持っています。
死んだはずの人が“署名”の怪!?「すでに死亡した人七十七名が不正に同意書に掲載され、中には、八十五年も前(大正四年)にすでに亡くなっていた人もいた」国が集めた川辺川土地改良事業の同意署名が、農家本人によるものかどうか確認するため、原告団と弁護団が延べ約百二十回にわたり対象地域を訪問し、部落集会を行うなかで、こんなインチキがいたるところで明らかになりました。同意署名取得にあたっては「金はかからん、あんたに迷惑はかけん」「(あんたの)農地は除外になった」「印鑑だけ貸してくれ」「あとの利水組合(県営や団体営)には入らなくてもよい」など、国と関係市町村が、土地改良法で定めた事業計画の概要などを農家に十分説明せずに同意署名をとっていたことが判明、三分の二以上の同意署名の取得手続きがデタラメであったことが明らかになっています。 川辺川利水訴訟原告団副団長の茂吉隆典さん(56)は、農家負担を隠し、強引に同意署名を集めた農水省のやり方を「農家の申請事業というが、農家の意見を無視し、農家をバカにした事業」と批判します。
大規模利水事業は不必要にダムの水を使った国営川辺川土地改良事業が計画されている人吉・球磨地方は、江戸時代、天保の大飢饉でも餓死者が出なかったと言われ、もともと土地と水の豊かな地域です。しかし、この地域の中ほどにある高原(たかんばる)台地は戦後、外地からの引き上げ者が開墾した土地で水の便が悪く、開墾の苦労は並み大抵ではなく、あまりの苦しさに夜逃げする者もいたほどでした。 水田開発を望んでいたこの地域では、戦前に開発され、川辺川上流から取水している六角水路の大改修を一九六七年におこない、百三十ヘクタールの水田を整備しています。 しかし、ダム建設の発表を前後して、政府が進めてきた米価据え置きと、減反政策により、高原台地の人達は、米に変わる農作物を模索し、利水にたよらない牧草による酪農と、お茶の生産技術を確立。今では川辺川ダムによる大規模な利水事業の必要性はなくなっています。
“何が何でも―”強引な押し付け国営川辺川土地改良事業は、まだ減反政策が本格化する前、水田開発を望んでいた高原台地(一千七百ヘクタール)だけでは国営事業の採択基準に満たないため、すでに水が十分にある人吉市と球磨川流域三五九〇ヘクタールを事業範囲に含めることで三千ヘクタールを越えるようつじつまを合わせ、スタートしたものでした。事業を推進する国は、農家に対し「国が一〇〇%負担するから金はかからない」などとデタラメな説明を繰り返し、裁判になった今でも農家の負担額を明らかにしていません。事業の対象となる相良土地改良区では、近年、既存の土地改良の償還金すら払えない農家が増え、未払い額が年々増加し続けており、農家はこれ以上の負担に耐えられないといいます。 人吉市の専業農家で、川辺川利水訴訟原告団副団長の東慶治郎さん(49)は、川辺川利水事業について「全く必要ない」といい、今の農政についても「農家が安心して、生き生きと農業ができる状態を作るべきだ」といいます。
高まる「ダム建設見直せ」の声こうした状況にもかかわらず、農水省は川辺川土地改良事業は「農業基盤を整備し、生産性の向上を図るために必要」という主張を繰り返しています。農家に減反を押し付けて農産物の輸入を押し進め、農業が成り立たない状況を作ってきた自民党は、一方で公共事業を自らの利権の温床にしています。(詳しくは新聞「農民」第四四九号) 建設省が来年までの本体着工を目指している川辺川ダムの治水効果については、むしろダム建設が洪水による被害を深刻にするとして、流域住民から「ダム建設を見直せ」という声があがり、自然破壊に反対の声がさらにたかまっています。
(森吉 秀樹/新聞「農民」2000.6.12付)
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[2000年6月]
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