おいしいョ ランチルームにはずむ歓声学校給食に木曽漆器長野・楢川村「おなかすいた―!」「今日の献立なーに?」――楢川(ならかわ)小学校の子どもたちが、元気な笑顔を輝やかせて、ランチルームに飛び込んできました。さっそく給食当番が手際よく準備を始めます。ここ長野県木曽郡楢川村の小学校では、お碗もお皿もお箸も食器はすべて本物の漆塗りです。右手にはお箸、左手にはお碗を持って、一生懸命に食べる子どもたち。ここには当たり前の、けれど今となっては貴重な、人間らしい食事の楽しさが溢れていました。(満川)
ヒノキやサワラなど豊かな森林資源に恵まれた木曽谷の里、楢川村。今も江戸の町並みを残す中仙道の宿場町・奈良井宿と、木曽漆器などの伝統工芸店が軒を連ねる美しい山里です。工房の数は百五十以上、伝統工芸士七十人。村の多くの人々が伝統工芸と林業に携わって生きています。
伝統工芸品の木の温もりがその精神が余すところなく生かされた楢川小学校。木曽ヒノキの校舎、教室の椅子と机は国産ナラ材、ランチルームも、柱、壁、テーブルに椅子、見渡すかぎりすべてが木。天井が高くて明るく、子どもたちの歓声が暖かく響きます。給食のときには、このランチルームに児童も先生も全員集合。クラスみんなで大きなテーブルを囲んで、いっせいに「いただきまーす!」。使う食器は、すべて木曽漆器です。楢川村では、今年四月から、村内の小学校全校(児童数約百四十人)で、大・小、二サイズずつのお碗とお皿、小鉢の五点を新調し、すべての食器が漆器になりました。木地はケヤキ、色は鮮やかな朱色。「めはじき」という漆技法で、うっすらと木目が浮き立つ職人手作りの逸品です。一人分五点セットで二万円かかりましたが、村内の漆器工業協同組合に製造を発注、村独自の財政で二百セットを揃えました。 「子どもたちにこそ、本当に良い物を使わせたい。ものを大切にする心、味わって食べる楽しさを伝えたい」と言うのは、準備を進めてきた木曽地域地場産業振興センターの専務理事、今井忠幸さん。漆器には、木の国・木曽、木工の里・楢川の思いがいっぱいに込められています。「木は人に温もりを与えてくれます。木を育てる人、漆器に加工する人、食べ物を作る人…。漆器を通して子どもたちに豊かな心、自然との共生を伝えたい」。教育にかける村人の一致した思いです。
食べる楽しさを伝えたいしかし、漆器と言えば扱いが難しいと思いがち。小学生が使えばさぞ傷ついたり、壊れたり…。「それが、破損なんてほとんどないのです」と栄養士の古畑千香子先生。漆器は子どもたちにもたいへん好評で、扱い方の丁寧さには驚かされます。お碗の位置やお箸の向きまできちんとそろった配膳、食事中のお箸や器の上げ下げ、後片付け、その一つ一つが身についた心遣いに溢れています。「楢川は漆器の里ですから、子どもたちにとっては漆器は生まれた時から家にある、ごく自然なものみたいですね」と古畑先生は言います。器は料理を引き立て、食事に楽しさをもたらす生活文化の一つ。楢川の子どもたちには、その文化がごく自然に受け継がれています。食事中の子どもたちは笑顔いっぱい。本当によく食べます。献立はほとんどの日が米飯給食で(週四日)、ご飯でない日は週一日だけ。子どもたちは何よりもご飯が大好きです。人気メニューは「焼き魚」「煮っころがし」「ひじきの煮物」…。「ハンバーグよりも煮っころがしの方が喜ばれるんですよ。楢川は三世代同居が多くて、お祖母さんの作る、こういった手作り料理がおいしいからのようですね。赴任当初は私もびっくりしました」と、東京での経験もある古畑先生は言います。 何年もかけて木を乾かして木地をとり、何重にも漆を重ね塗って完成する木曽漆器。ヒノキの校舎、お祖母さんの手料理、木曽谷の雄大な自然。そして子どもたちを包み込む楢川の人々。楢川の暮らしと自然すべてが、子どもたちの食文化をはぐくんでいます。
(新聞「農民」2000.5.29付)
|
[2000年5月]
農民運動全国連合会(略称:農民連)
本サイト掲載の記事、写真等の無断転載を禁じます。
〒173-0025
東京都板橋区熊野町47-11
社医研センター2階
TEL (03)5966-2224
Copyright(c)1998-2000, 農民運動全国連合会