「農民」記事データベース20000529-450-01

おいしいョ ランチルームにはずむ歓声

学校給食に木曽漆器

長野・楢川村

 「おなかすいた―!」「今日の献立なーに?」――楢川(ならかわ)小学校の子どもたちが、元気な笑顔を輝やかせて、ランチルームに飛び込んできました。さっそく給食当番が手際よく準備を始めます。ここ長野県木曽郡楢川村の小学校では、お碗もお皿もお箸も食器はすべて本物の漆塗りです。右手にはお箸、左手にはお碗を持って、一生懸命に食べる子どもたち。ここには当たり前の、けれど今となっては貴重な、人間らしい食事の楽しさが溢れていました。
(満川)


 ヒノキやサワラなど豊かな森林資源に恵まれた木曽谷の里、楢川村。今も江戸の町並みを残す中仙道の宿場町・奈良井宿と、木曽漆器などの伝統工芸店が軒を連ねる美しい山里です。工房の数は百五十以上、伝統工芸士七十人。村の多くの人々が伝統工芸と林業に携わって生きています。

伝統工芸品の木の温もりが

 その精神が余すところなく生かされた楢川小学校。木曽ヒノキの校舎、教室の椅子と机は国産ナラ材、ランチルームも、柱、壁、テーブルに椅子、見渡すかぎりすべてが木。天井が高くて明るく、子どもたちの歓声が暖かく響きます。給食のときには、このランチルームに児童も先生も全員集合。クラスみんなで大きなテーブルを囲んで、いっせいに「いただきまーす!」。

 使う食器は、すべて木曽漆器です。楢川村では、今年四月から、村内の小学校全校(児童数約百四十人)で、大・小、二サイズずつのお碗とお皿、小鉢の五点を新調し、すべての食器が漆器になりました。木地はケヤキ、色は鮮やかな朱色。「めはじき」という漆技法で、うっすらと木目が浮き立つ職人手作りの逸品です。一人分五点セットで二万円かかりましたが、村内の漆器工業協同組合に製造を発注、村独自の財政で二百セットを揃えました。

 「子どもたちにこそ、本当に良い物を使わせたい。ものを大切にする心、味わって食べる楽しさを伝えたい」と言うのは、準備を進めてきた木曽地域地場産業振興センターの専務理事、今井忠幸さん。漆器には、木の国・木曽、木工の里・楢川の思いがいっぱいに込められています。「木は人に温もりを与えてくれます。木を育てる人、漆器に加工する人、食べ物を作る人…。漆器を通して子どもたちに豊かな心、自然との共生を伝えたい」。教育にかける村人の一致した思いです。

食べる楽しさを伝えたい

 しかし、漆器と言えば扱いが難しいと思いがち。小学生が使えばさぞ傷ついたり、壊れたり…。「それが、破損なんてほとんどないのです」と栄養士の古畑千香子先生。漆器は子どもたちにもたいへん好評で、扱い方の丁寧さには驚かされます。お碗の位置やお箸の向きまできちんとそろった配膳、食事中のお箸や器の上げ下げ、後片付け、その一つ一つが身についた心遣いに溢れています。「楢川は漆器の里ですから、子どもたちにとっては漆器は生まれた時から家にある、ごく自然なものみたいですね」と古畑先生は言います。器は料理を引き立て、食事に楽しさをもたらす生活文化の一つ。楢川の子どもたちには、その文化がごく自然に受け継がれています。

 食事中の子どもたちは笑顔いっぱい。本当によく食べます。献立はほとんどの日が米飯給食で(週四日)、ご飯でない日は週一日だけ。子どもたちは何よりもご飯が大好きです。人気メニューは「焼き魚」「煮っころがし」「ひじきの煮物」…。「ハンバーグよりも煮っころがしの方が喜ばれるんですよ。楢川は三世代同居が多くて、お祖母さんの作る、こういった手作り料理がおいしいからのようですね。赴任当初は私もびっくりしました」と、東京での経験もある古畑先生は言います。

 何年もかけて木を乾かして木地をとり、何重にも漆を重ね塗って完成する木曽漆器。ヒノキの校舎、お祖母さんの手料理、木曽谷の雄大な自然。そして子どもたちを包み込む楢川の人々。楢川の暮らしと自然すべてが、子どもたちの食文化をはぐくんでいます。

(新聞「農民」2000.5.29付)
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2000年5月

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