食料自給率目標を掲げた基本計画は何を示すか農業問題研究者 井野隆一政府が閣議決定した基本計画をめぐって、多くの自治体が困惑しています。食料自給率45%を目指すというが…。――これをどう見るのか、農業問題研究者の井野隆一さんに寄稿してもらいました。(小見出しは編集部)
新基本法によって設けられた食料・農業・農村政策審議会が三月十五日首相に答申した「食料・農業・農村基本計画」は、その後ただちに閣議で決定され(二十四日)、政府の正式の文書となりました。この基本計画は新基本法第十五条によるもので、二〇一〇年までの今後十年間の国の農政の指針を示すものとされています。
国の責任を農民や消費者に転嫁この計画が目玉とし、とくに注目されたのは、新基本法で「向上を図ることを旨とし」とされた食料自給率の目標値を掲げたことです。そこでは、カロリーベースで一九九八年には四〇%(実際には三九%)にまで落ち込んだ自給率が、ほうっておけば(趨勢値で)二〇一〇年にはさらに三八%にまで下がるのを、四五%にまで引き上げるとし、将来的には五〇%以上を目指すとしています。だがこの程度の引き上げは、いまの国際的にもまさに異例な低水準をなんら変えることのない、あまりにも控えめな目標です。しかもここで見逃せないのは、この引き上げを、国民参加型ということで、農民の生産努力と消費者の食生活の見直しに求め、国の責任をまったく放棄していることです。 農民が生産を高める努力をするのは当然ですし、現に多くの農民は必死にがんばっています。だが、農業生産がどの分野もおしなべて落ち込みを示し、農民の将来への展望が奪われ、各地で農業離脱、耕作放棄が広がっているのは、農産物の輸入規制や価格保障など、農業の保持・発展に欠かせない施策が、農業の保護削減を強い、生産刺激的な政策を禁じたWTO体制と、それにまったく順応した農政の展開のもとで、後退に後退を重ねているからです。 また国民の消費についてこの計画は、偏食や食べ残しなどを是正し、栄養バランスのとれた日本型食生活を求めています。国民のなかに食生活のゆがみがあることはたしかですが、これらの多くは、スーパーや食品大手など大企業の売らんがための食品戦略や、勤労大衆の多くが余儀なくされている労働・生活環境のきびしさによっています。それになにより見落とせないのは、飽食といわれる事態の背後で、今日の経済困難のなかで食費を抑え、必要な栄養水準を満たすことのできない人々、朝食抜き、昼食抜きなどといった若者たちが増えていることです。
「講ずべき施策」の背後に危険がこの基本計画は、自給率の目標を掲げたのにつづいて、食料・農業・農村に関し今後十年間に講ずべき施策をあげています。しかしこれを読んで痛感するのは、新基本法の条文や新基本法を準備した調査会の答申などのことばのくり返しが多く、なんで今後十年間の計画であるのか、まったくわからないこと、しかもここでもならべられたいっぱいの美しいことばの背後に、危険な内容が隠されていることです。ここでは、食料の安定供給は国内生産の増大を基本といいながら、「輸入・備蓄との組み合わせ」を強調し、とくに「輸入の安定化」に力を入れています。ここで描かれているものは、ゴールのない規模拡大、コスト引き下げの競争に農民をいよいよ駆り立てる道であり、家族農業を否定し、株式会社の農地取得まで認める道です。農産物の価格は市場競争に委ね、価格政策としてあるのは、すでに米について農民の期待をまったく裏切っている激変緩和の安定対策だけです。新基本法の条文と同様に、輸入農産物が国内生産に重大な支障を与えないよう、必要に応じで関税率の調整、輸入制限などをおこなうとしていますが、WTO体制を容認し、しかもWTOが認めたセーフガードの発動にさえ消極的な政府が何ができるか、ことばだけのものにすぎません。この計画は自給率を上げるため、とくに麦、大豆を増産する、汎用水田を増やす、などといっていますが、これまで述べた政府施策を前提にして、どうしてできるのでしょうか。
いま農政に求められるものいま農政に求められるものは、このような姑息な自給率目標ではなく、早急に五〇%台を回復し、さらに六〇%から七〇%への引き上げを目指す抜本的な自給率向上の目標設定であり、それを実現するため、農産物のきびしい輸入規制、コストをつぐなう価格保障、農地の確保を柱とした施策を充実して、失われがちな農民の生産意欲を回復させることであり、それを妨げているWTO農業協定の改定を実現させることです。これらは、けっして容易なことではありません。だが、経済のグローバル化(地球規模化)をすすめ、各国の食料主権を否定するWTOへの国際的な批判や、国内での自自公の悪政にたいする国民の怒りの高まりのなかで、このような農政転換をかちとる条件は強まっており、なにより農民連の、内外での連帯の運動に期待されるものはますます大きくなっています。
(新聞「農民」2000.4.10付)
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[2000年4月]
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