農民連第12回大会/WTO問題についての特別報告WTO閣僚会議を破綻に追い込んだ二つの力発展途上国とNGO/農民連事務局次長 真嶋良孝
シアトルで開かれたWTO第三回閣僚会議は、今後の交渉について何の方向も示せずに決裂しました。 ムーアWTO事務局長は「いまのWTOを議会にたとえれば、議長も委員会も議事規則もない中で議論が行われている悪夢のような状態だ」(日本農業新聞一月二十二日)と述べましたが、かれらにとっては「悪夢」であっても、私たちにとっては「蒼天の夢」ともいうべき結果でした。 こういう結果をもたらしたのは、発展途上国と、私たち農民連を含むNGO(非政府組織)の力です。この二つの力が、アメリカと多国籍企業の利益を優先するWTOを維持し、強化するという好き勝手なやり方を許さなかったのです。
(1) WTO加盟国の三分の二以上を占め、力量をつけた発展途上国その象徴は、発展途上五十五カ国が出した声明――「WTO加盟国の大多数はシアトルでの経過について『深い意見の相違』『怒り』と『失望』を表明している。彼らは何らかの変化がないかぎり、不同意は続くと強調している」――でした。WTO(ガット)の加盟国は八六年には九十二でしたが、現在百三十四で、一・五倍に増えました。その八割前後が途上国です。WTO協定の改定には三分の二の賛成が必要ですが、すでに途上国が団結すれば、先進国グループの横暴は通らないという実態になっているのです。 まもなく中国もWTOに加盟します。中国は「途上国の立場を貫いてWTOに加盟する」と明言しており、アメリカの覇権主義に反対する発言力を持つ中国の加盟によって、途上国がもっと大きな力を発揮するのは間違いないでしょう。 しかも単に数が多くなっただけではありません。 七〇年代に途上国の要求で多国籍企業を監視する委員会を国連の中に作らせたり、「新国際経済秩序」を求める運動が強まりました。ところが八〇年代に入ってアメリカなどの途上国に対する巻き返しと分断が始まり、とくに経済問題については途上国の運動は弱まりました。 ところが一昨年、途上国の大部分が参加する「非同盟諸国首脳会議」が開かれ、WTO体制のもとで進んでいる国際化(グローバリゼーション)と自由化が「強国の利益のために弱者に市場開放を強いる」ものだと批判し、二十一世紀に向けて「民主的で世界全体を代表する新しい国際経済関係の樹立」を宣言しました。 イギリスの「インディペンデント」紙は「アジア、アフリカ、中南米諸国の代表が自尊心を取り戻してアメリカに立ち向かった」と書きましたが、発展途上国が量だけでなく質的にも力をつけていた――こういうなかでの閣僚会議だったわけです。
(2) 途上国をなめきったアメリカのふるまいところが、アメリカ政府のふるまいは実に傍若無人なものでした。WTO閣僚会議の運営は非公開の分科会(ワーキング・グループ)を作り、実質的な議論はそこでやって、まとまったものを全体の議論もないまま決定するというやり方です。分科会は八つで、代表団を一〜二名しか送っていない発展途上国が多いですから、分科会から事実上排除されます。そのうえ途上国をさらに排除する手段として“秘密グループ”会合まで作りました。 WTO閣僚会議の議長を務めたバシェフスキー・アメリカ通商代表は十二月一日に各分科会の議長を集めて「議論はどうでもいいから、二日昼までに議長案を出せ」と迫り、案文が出そろうと、わずか十八カ国の“秘密グループ”会合での検討に持ち込みました。 こういう二重三重に「不透明」・非民主的なやり方に「新ラウンドはアメリカや先進国だけのものなのか」という強い批判が出されたのは当然のなりゆきでした。
身勝手きわまるアメリカの言い分運営も強引なら、中身も強引きわまるものでした。アメリカは「反ダンピング協定」見直しなど自国に不利益になる分野を交渉から除外しようとしたり、農業分野では「多面的機能」を一切無視して完全自由化にレールを敷こうとしたりで、まさに「世界はアメリカのためにある」といわんばかりでした。 とくに途上国の反発をかったのは労働基準の問題――低賃金・長時間労働の発展途上国で作られた安い製品に対して輸入制限や罰則をかけるという問題です。 低賃金労働や長時間労働は、当然なくしていくべきです。しかし(1)アメリカの多国籍企業が発展途上国に劣悪な労働条件を押しつけて大もうけしていることは棚に上げ、(2)しかも九六年の閣僚会議で決着済みの問題を蒸し返したこれが途上国の強烈な抗議を呼んだのは当然のことです。 もう一つはダンピング(不当廉売)問題です。アメリカは一昨年から「日本の鉄鋼輸出はダンピングだ」といって、日本からの鉄鋼輸入を制限しています。 しかし、アメリカの多国籍企業が鉄鋼生産を放棄し日本などに輸出を求めたものの、国内の鉄鋼生産が回復してくると、言いがかりをつけて輸入制限に乗り出した――これが実態です。 これに対し、日本やEUが「ダンピング条項が乱用されないようにWTOのルールを見直す必要がある」と提案し、途上国が同調してアメリカが孤立しました。 さらにアメリカの商務長官は「日本はダンピング常襲国」だと非難し、そのうえ、日本が高速道路でのオートバイの二人乗りを禁止していることが「貿易障壁」だと言いだしています。身勝手きわまるというべきですが、しかし農産物輸出の面では「ダンピング常襲国」はアメリカです。
多国籍企業こそが世界の農民の敵ダンピングで本来問題なのは農産物価格のダンピング問題です。アメリカの多国籍企業が世界中で農産物を買いたたき、生産費をまったく償わない価格が“世界価格”になっています。全米家族農業者連合と会談した際に、かれらは一九五〇年以来の低価格が押しつけられ、自殺や離農が相次いでいることを告発していましたが、アメリカやカナダの農民が多国籍企業の買いたたきのもとで苦難に直面している――これが第一の問題です。 第二に、農産物のダンピング輸出は発展途上国や日本など農産物輸入国の国内農業を壊滅させています。 食糧不足が大間題になる二十一世紀に向けて、アメリカなどに糧道を握られるという構造から脱却し、国民が必要とする食糧の生産をそれぞれの国の農民が生産する、そのために各国の農業を発展させることがどうしても必要ですが、これをさまたげているのが、ダンピング=多国籍企業の買いたたきです。 ところがWTO協定には工業製品のダンピング禁止は書いてあるのに、農産物については一言も触れていないのです。
(3) 世界のさまざまな運動が合流してもう一つの力はNGOです。人口は五十万のシアトルに五〜十万人のNGOが世界中から集まり、食糧・農業、環境、労働、森林、魚、知的所有権など、実に広範囲な課題で、連日、朝から夜までフォーラムや集会・デモを繰り広げました。
農業の分野では…私たちがシアトルで会談した全米家族農業者連合のデモのプラカードには「食糧は人々のために 輸出のためではない!」と書かれ、イベントで発言した全米家族農業者連合の国際問題の責任者は「自由貿易」をきびしく批判していました。たとえば―― 「少数の買い手(多国籍企業)に生産コストを下回る価格で農民は農産物を売らざるをえない。一体、このどこが『自由貿易』なのか!」「過剰農産物を抱えている国(日本)に、過剰な農産物(米)の輸入を強要することが、一体『自由貿易』なのか!」 さらに「ビア・カンペシーナ」(農民の道)という世界最大の農民組織が「WTOから農業をはずせ」というポスターを掲げ、デモ参加者の多くが「ノーWTO」のバッジやTシャツを身に付けていました。 実は私たちは、シアトルに行く前は「WTOから農業をはずせ」、「ノーWTO」は、やや“過激” な主張だと思っていました。しかし、これがシアトルでは当たり前でした。 しかし私たちは(1)一律の自由化押しつけ反対、各国の必要に応じて国境保護をやれるようにしろ、(2)各国の農業政策・補助金は各国の主権の問題だからWTOは口を出すな、(3)各国の食の安全基準も主権に属するのだから、WTOは口出しをするな――こういう改定をせよと要求しているわけで、「WTOから農業と食糧をはずせ」という主張と大きな方向では一致している。これが強い思いでした。
最初から言い訳に終始したWTO事務局長WTOが実施されて五年間の世界中の経験から、WTOに対する抵抗と批判の流れは広く深く早く、部分的な手直しでは押しとどめることは、とうていできないことを実感しました。その実感を裏付けてくれたのは、皮肉なことにWTOそのものでした。閣僚会議の前日に開かれたWTO主催のNGOシンポジウムで、ムーアWTO事務局長は、だれも聞いてもいないのに、「WTOは世界政府でも、世界の警官でも、企業の利益の代理人でもない」という弁解に終始しました。 「語るに落ちる」――WTOの実態が「世界政府」であり「多国籍企業の利益の代理人」であるからこそこういう弁解に終始するのだろうと思いました。また世界中から集まったNGOの「WTOノー」という国際世論を、かれらがどんなに恐れているかを示してあまりあるものでした。
(4) 国際シンポを成功させ日本と世界の「WTOノー」の潮流と力を合わせて日本政府は今になって、シアトルで頑張ったようなことを言っていますが、実際の提案はミニマム・アクセスの押しつけを含む「WTO協定の枠組みを維持する」ことを大前提に「言葉」だけの「農業の多面的機能」の尊重をいうだけのものでした。ところが、この「農業の多面的機能」という言葉が削られても「言葉にはこだわらない」と譲歩するなど、まったく腰くだけのものでした。発展途上国とNGO、つまり世界の民衆が歴史を変える時代に入ったことなど眼中になく、ひたすらアメリカ政府のうしろから世界を見て、「WTO協定改定は不可能だ」というしか能のない自自公政権の無能力と限界は明白です。 二月二十〜二十一日に開かれる国際シンポジウムのパネラーは、世界と日本で第一級の顔ぶれです。 残念ながら「日本は孤立している」などという宣伝の前に諦めムードが広がっています。 国際シンポで、シアトルで起きた象徴的なできごとを再現し、WTOノーこそが世界の潮流であることを確信することは、日本の運動の今後に大きな影響を与えることでしょう。 (第十二回大会での報告を整理し、加筆しました)
分析センターを見学二月三日「東葛生協見学ツアー」の一行二十四名が農民連食品分析センターへやってきました。近くのホールで、石黒所長が現況を、杉田技術顧問が遺伝子組み換えを説明。分析室で八田さんが農薬や遺伝子組み換えの実験について詳しく説明しました。 「なぜ日本だけ遺伝子組み換えがこんなに入ってくるの」「国産大豆はどうしてできないの」「たん白がないので油や醤油は関係ないというけどほんとう」など、ほとんどが女性の見学者から質問がいっぱい出され時間が大きくオーバー。最後に参加者でカンパ、今後も二千万円募金への協力を約束。食と農を守ろうという熱い連帯が広がった見学ツアーでした。
(新聞「農民」2000.2.14付)
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[2000年2月]
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