「農民」記事データベース20070129-765-05

日経調「農政改革」提言と
日本の農業・農民

駒沢大学名誉教授  石井 啓雄(いしい ひろお)


第17回 むすび(上) 農地制度の現状と改悪の動き

 これまで、日経調「提言」を批判しつつ、農地改革と戦後農地制度の成立から、その数次の「改正」を経た現状までを述べてきました。

 農地制度の現在

 その結論は第一に、農業と農村社会を支えているのは、今でも戦後の改革によって生まれた農民的土地所有と農民的家族経営であること。そして、農地法とその核心である第三条の農地に関する権利保有者の農作業常時従事義務も維持されていることです。

 しかしながら第二に、市場開放や農産物価格政策の放棄などが主な原因で生じた結果であるはずの生産の減退、不作地の増加、青壮年の他産業就業・他出、農業就業者の高齢化などを、逆に原因として描き出すことによって、政府はいま、上から選別的な構造「改革」施策を実施し、財界は自らの参入意志表明を含めてその何歩か先のことを公然と要求する。こうして耕作放棄地が多い地域での、市町村がかかわる賃貸借に限るとはいえ、農業生産法人資格のない株式会社その他一般法人の農地の権利取得と農業直営を認めるばかりか、それを国が奨励するところまできてしまったというのが、もう一つの現実です。

 三十八万ヘクタールに達する遊休農地の解消対策を大義名分として、農水省はこの株式会社などの進出を奨励する特定法人貸付事業のために、すでに担当組織を設け予算までつけています。それを受けて、道府県や市町村によっては多額の補助金まで出すところが現れています。

 さらに農水省が二〇〇六年四月に発表した「二十一世紀新農政二〇〇六」では、二〇一〇年度には株式会社の農業参入を五百にまで増やしたいとしています。

 農地制度改悪の危険

 しかも問題は、決してそれだけにとどまりません。安倍首相は、小泉前首相の路線と手法を引き継ぎ、首相の諮問機関である規制改革・民間開放推進会議と経済財政諮問会議を、メンバーを多少入れ替えたり、名前を変えたりしながら、今後も継続させるとしました。

 そのうちの規制改革会議は、昨年末の「最終答申(農業分野)」で、認定農業者制度の見直しや農業分野への民間金融機関の参入促進などとあわせて、「農地の所有と利用の分離」なる問題の検討を要求しました。そして、その問題の検討を後継機関に引き継ぐとしました。

 さらにより重大なのは、経済財政諮問会議がそのなかに「グローバル化改革専門調査会」という組織を設け、今春まとめるとされている中間報告のテーマのひとつに、「農業改革」をあげたこと。そればかりか、農業の代表として、まさに日経調「提言」の主役を担った高木勇樹、本間正義の両氏をこの調査会のメンバーに加えたうえに、調査会の会長になった伊藤隆敏氏(東大教授)が、「農政改革の最大の課題は農地」と述べたとされていることです(年末年始の農業紙参照)。

 このような状況を見越して、農水省も昨年秋、省内に農地制度のあり方を検討するプロジェクトチームを設置し、独自に検討を開始したと言われています。だが、その検討がどうあれ、財界・内閣と一省庁の力関係からして、農水省がどこまで主体性を持ちうるかは疑問です。

 これらの動きがどのようにからみあい、いつ、どのような結論に落ち着くかは、まだ定かではありません。しかし、今春から秋にかけて、現行制度の核心と主要規定を揺るがし、より日経調「提言」に近づく方向での制度「改革」が企てられるだろうことは、間違いありません。「戦後体制からの脱却」を掲げる安倍首相が、戦後農地制度の改悪に乗り出すだろうことも、また確実でしょう。

 だが、日本の国民が農民を中心として、この動きに立ちはだかること、少なくも改悪を最少限にくいとどめることは、二つの選挙とそれをはさむ期間の国民的な運動によって、可能なはずだと筆者は考えます。

(つづく)

(新聞「農民」2007.1.29付)
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2007年1月

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