「農民」記事データベース20070122-764-09

日経調「農政改革」提言と
日本の農業・農民

駒沢大学名誉教授  石井 啓雄(いしい ひろお)


第16回 農業生産法人の制度とその他法人の参入問題 (下)

 特区での株式会社農業

(表)農業生産法人の推移 二〇〇二年末に構造改革特別区域法が制定されました。これは経済財政諮問会議での財界代表や学者の提案に基づく小泉前首相のイニシアチブによるのですが、都道府県・市町村などの申請で中央官庁を飛ばして首相の決裁で、現行法では許されない事業を民間企業などに地域を限って認めるという制度で、所管は内閣府です。この制度を評価する人もいますが、議会制民主主義に反している点があるほか、利潤目的の株式会社が経営する病院とか学校ができるなど問題が多い制度だと筆者は思っています。

 そして農業でもこの特区法によって、農業生産法人以外の株式会社などでも次の条件を満たせば農業に進出できることになったのです。その条件とは、(1)遊休農地などが相当ある区域について市町村などが計画を作成し、首相の認定で特区を設定できる。(2)そこでは市町村などは農地法の許可なしに農地の権利を取得できる。(3)参入法人は、市町村などと協定を結び、農地を借りる。(4)法人の役員のうちのただ一人でもが農業に従事すればよい。(5)農地に関する権利は賃借権などに限り、所有権取得は認められない―の五つです。

 ここで重要なことは、いくつもありますが、最も重大なのは役員の一人でもが農作業ではなく農業に従事していればよいとした、そのことです。これはただ一字の違いですむ事柄ではないのです。農作業とは、田畑や畜舎などで体を使って、労働価値説的に言えば、価値生産的労働をすることで、したがってその人は農業経営のある土地の近くに住まねばなりません。しかし、農業となれば、経営・労務管理でもなんでもよい。そしてその人は東京どころかアメリカに住んでいて電話やメールでそれをすることもできるのです。それは農地法の原則を逸脱したことで、自然人の大金持ちでも誰でもが農地の権利を賃借権に限らず所有権まで含めて、それも大面積を持てることに通じていく可能性があります。日経調「提言」が要求しているのは、本質的にそういうことでもあります。

 リース特区の一般化

 そしてさらに、この制度は基盤強化法の二〇〇五年改定によって、同法による市町村基本構想のなかに特定法人貸付事業として取り込まれたのです。これを農水省は「リース特区の全国展開」と呼んで、奨励することまで始めました。その実績は、二〇〇六年九月一日現在で、全国で五百四十九の市町村で参入可能区域が設定され、八十の市町村で百七十三法人(株式会社八十九、特例有限会社四十六、NPO等三十八)が参入しています。外食産業・和民の子会社などがありますが、業種別で一番多いのは土建業者(五十九)、食品関係会社(四十六)です。営農類型別で最も多いのは野菜作(六十七)ですが、米麦作はその次(三十四)です。建設業者の場合、地元の中小業者が多いようで、その場合、社員の大部分のほか社長までが兼業農家であることもありえます。そして、公共土木事業が減っているなかで、大型機械を使えて、農業参入は雇用対策になっている点もあり、さしあたり実害は少ないのかもしれません。しかしこのようにズルズルと農業経営者の農作業常時従事義務を逸脱する措置をひろげ、かつ奨励まで始めてはたしてよいのかどうか。それは次回以降の結びで考えてみたいと思います。
(つづく)

(新聞「農民」2007.1.22付)
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2007年1月

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