日経調「農政改革」提言と
日本の農業・農民
駒沢大学名誉教授 石井 啓雄(いしい ひろお)
第13回 「提言」の空恐ろしい素人的な論議(4)
転用と担当行政機関の問題〈下〉
ゾーニングだけでよいのか
前回の後半で述べたことと、第三回で記したことをまとめて言えば、「提言」は次のように主張していると言えるでしょう。
第一に、農地法、基盤強化法、農振法を「完結でわかり易く」「総合的な法制」として一体化せよと言っていますが、農地法と基盤強化法には難癖をつけ、ゾーニングは肯定的に評価していることからして、その一本化の軸は農振法だと考えている。
第二に、そのなんらかの「改正」で三十年間も農地転用を禁止できる、と言っている。
第三に、耕作放棄などの摘発や解消を強力に実施できるシステムがいまはない。だから、耕作目的の権利移動も農地転用も、事前の許可制度はやめて、事後のチェック・監視システムにかえるべきだとしている。
第四に、その組織としては農民を母体とする選挙委員を中心とした農業委員会の制度は廃止して、消費者、市民や諸企業の代表からなる公的な第三者機関(農地利用・監視委員会)を設置せよと言っている。
以上の四点です。
これらのことは、少しよく考えてみれば、およそ法律論的に成り立たない立論であったり、百歩譲って立法が可能であったとしても、その実施には膨大な行政コストがかかる上に、それでもなお実効はまったく期しがたいことがわかります。
そもそも農振法は、国土利用計画法などを上位法とする農地利用の計画に関する行政法であり、その計画は市町村がたてます。そして、市町村による農用地区域の設定の下で同区域内の農地転用の規制などができるのは、農地法の第三、四、五条の統制があってのことなのです。農振法をどんなに変えたところで、それだけで権利移動や転用を確実にコントロールできることなど、法律論としてありえないのです。
そればかりではありません。国土利用計画法のほか、都市計画法など土地利用に関して、さまざまな法律があり、それらにも地価の問題を含めていろいろな私権制限的な規定があります。しかし、憲法の定める私的財産権の保障(二九条)との関係もあり、それらはみなかなり限定的なものであらざるを得ないのです。
そんななかで誰がゾーニングの権限を持つにせよ、三十年もの長期にわたって農地転用をいっさい禁止できるゾーニングができるなどと言うのは、およそ不可能な暴論か夢想に過ぎないでしょう。
第三者機関による事後チェックとは
次に、第三者機関による事後チェックなることについて言えば、現行農業委員会制度に比べて大変な行政コストを要するでしょうし、それによって事後に低利用や不耕作や建物の建築が見つかったところで、それで権利者の権利を召し上げたり、逆に耕作義務を長期にわたって守らせたり、建物を取り壊させたりすることなどが、容易にできるのでしょうか。そんなことは望むべくもなく、またそれができるくらいならば、農地法のほか二〇〇五年基盤強化法の改正による遊休農地対策やこれまでの土地利用計画関連法ですでに法的措置は整っていると言えるのです。
農業委員会の制度は、いまだ委員の公選制が維持されている行政委員会制度の一つで、地域の農地事情を知悉(ちしつ)した農民の代表に加えて、農業団体や議会の代表のほか市町村長やほかの有識者を加えることもできる民主的な制度です。委員の報酬などもきわめて安いのが普通です。公的第三者機関のメンバーを誰がどう選ぶのか、そのコストは誰がどう負担するのかなど、まったくわかりませんが、「提言」の主張は、農業委員会全体と農民の大多数を転用の地価差益取得を目的としたエゴイスト集団としてとらえた上でのまったくの暴論であり、逆に法人企業のエゴイズムをオブラートにくるんだ欺まんではないでしょうか。
(つづく)
(新聞「農民」2006.12.4付)
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