日経調「農政改革」提言と
日本の農業・農民
駒沢大学名誉教授 石井 啓雄(いしい ひろお)
第6回「提言」の核心と農地制度問題重視の意味
前回までの記述で、日経調の「農政改革」提言を批判的に紹介・検討してきましたが、この「提言」の核心を要約するならば、第一には、現在の農政がいう「戦後最大の総決算」的な「農政改革」、すなわち、WTO協定を与件とした上での価格政策の否定と機械的な選別による「構造改革」を結びつけた品目横断的直接支払いなどだけではまだ不十分、市場開放をいっそう積極的に、日本から進んで行えということでしょう。そして第二には、食料自給率の向上、家族農業の存続、農村社会の維持などのことは問題にするに足らず、国内農業はさらなる市場開放に耐えうる限りで、安い外国人労働力を組織的に使える企業に任せればよい。それができるようにせよ。それこそが、「真の農政改革」だというようなことでしょう。
農民的土地所有と家族経営の意義
そうだとすれば「提言」が、第一の課題として「新たな農地関連法制の準備が急務」だとすることの意味もよくわかろうというものです。
なぜなら、今の農地法を中心とした農地制度は、戦後日本の民主主義的改革の不可欠の一環として実施された農地改革の成果としての農民的土地所有を維持するものとして制定されたものです。そして、その後の法「改正」の経過はあれ、なお依然として家族経営による農業生産と農村社会の構成は、戦後の民主主義的な日本の社会のありようと深くかかわっているからです。そしてそうであれば財界の要求だけでこの制度を根本的に換骨奪胎したり、廃止して別の法律をつくったりして、大企業の農地所有の自由を認めるような法制度にすることは、決して容易なことではないからです。
財界の要求は巧妙で強力
一九七〇年代初めに田中角栄氏が著した「日本列島改造論」の頃から、財界の農地制度改廃論は、さまざまなかたちと理由付けをもって主張されつづけてきました。一九九〇年代に入って、WTO協定が発効し、日本で新自由主義が強まってからは、論理は巧妙―たとえば、かつては農地転用規制の緩和を主張していたのに、今では逆に転用規制の強化をいってみせるなど―になり、株式会社の農業参入の自由化論を正面にすえるなど、かたちも大きく変えてきましたが、財界の要求はいっそう強力かつ恒常的なものとなってきました。
日本の農政は、こうした財界の要求に相当長期にわたって、原則をゆずらぬようにしながら、上手に対応してきました。しかし、連載第一回で少しふれた特区問題のように、本質的な妥協を強いられた問題もあり、またWTO協定に対応した「新政策」の頃からは、農水省の特権的幹部層の一部には、株式会社の農地取得を容認すべきとする人も出てきました。高木氏は、その代表格だと言えるでしょう。
以上のような経過を経て、いよいよこれからかたちと名目はなんであれ、とにかく現行農地制度の核心の実質的廃止を、まずは論点と根拠付けをひろげ複雑化することから始めて、本格的に日程にのぼせていくぞ、というのが「提言」のいう準備の内容だろうと筆者は考えます。
(つづく)
(新聞「農民」2006.10.16付)
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