日経調「農政改革」提言と
日本の農業・農民
駒沢大学名誉教授 石井 啓雄(いしい ひろお)
第5回「提言」の内容(3)
全面的な市場開放と外国人の雇用
「提言」は、第三の課題にかかわる記述の冒頭から、「今日の農業改革の必要性は、WTO(世界貿易機関)やFTA(自由貿易協定)による貿易自由化の流れに対応するもので…国内農業改革は国際化対応と一体化したものでなければなら」ず、「地球規模での相互依存を無視して国内農業・農政」は、「成り立たない」と述べています。そして、WTO体制をたんに与件として受け止めるにとどまらず、日本として積極的に農産物や農業の「関税引き下げや国内保護の削減」を進めることが、消費者あるいは納税者の利益になると主張します。
自給率は有事だけの問題
食料自給率の問題については、「軍事やエネルギーの問題と同様…有事法制の中に組み込むべきである」と述べるのみであり、また日本経済における工業と農業のバランスの問題や、農業が地域経済、地域社会、そして環境の維持や人口の配置に果たしている役割などについては、まったく無視しています。
こうして「提言」は、これまでの財界の農政提言以上に露骨に日本の農業と農政のあり方に干渉的なことを述べるのですが、それがきわまるのが、今後のアジアとの関係および日本国内の農業経営のあり方です。
「提言」は今後の貿易と国際化について、まず「WTO交渉による自由化には多大な労力と時間がかかる」ので、FTAやEPA(経済連携協定)を積極的に活用すべきであり、それによって「財やサービス…だけでなく、労働、資本の移動」の自由化をすすめ、日本の主導で東アジア共同体を構想しようと言います。
外国人労働力による企業の農業
そして驚くべきことには、「農業分野で対応を急ぐべき国際問題の一つに、外国人農業労働者の受け入れがある」として、日本の国内では「企業等」の外国人を使う農業経営を提案するとともに、現に日本で営農している家族的な農民経営に対しては、「労賃が高く狭隘(きょうあい)な農地しかない日本で営農する」より、「アジア各国に渡り農業経営に乗り出す」ことの「方がふさわしい農業者も沢山いるはずである」と言い、それらを協定に基づいて「ルール化することが必要となろう」とまで言うのです。
これは、日本独占資本主義の新たな多国籍的な海外進出の一環に、資本、労働力移動の自由化とともに、農業・食料生産と農地所有の自由化まで組み入れてしまおうというもので、筆者には「大東亜共栄圏」構想の今日版の臭いがします。
(つづく)
(新聞「農民」2006.10.9付)
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