「農民」記事データベース20040105-617-02

今年は「国際コメ年」

世界に冠たる日本の水田

稲作はいま世界中で広がっている


 日本と世界の稲作を語る

    吉田 武彦さん

プロフィール 1930年大阪市生まれ。52年東京大学農学部農芸化学科卒業。農業技術研究所化学部作物栄養科第一研究室長、北海道農業試験場次長などを歴任。74〜80年日本学術会議会員。著書に『水田軽視は農業を滅ぼす』(農山漁村文化協会)、『食糧問題と君たち』(岩波ジュニア新書)など。


 今年は、国連が提唱する「国際コメ年」です。米は世界の半数以上の人々の主食であり、飢餓問題の解決にも重要な作物。日本人の生活や文化にも深くかかわってきました。しかし政府はいま「米改革」と称して米政策を放棄しようとしています。『水田軽視は農業を滅ぼす』などの著者、吉田武彦さん(73)に、日本と世界の稲作について語ってもらいました。


 水稲は日本に最も適した作物

 日本はたいへん恵まれた風土のなかで、稲作を発展させてきました。

 気候を見ると、夏は熱帯なみに暑くて、冬はヨーロッパよりもずっと寒く、水が一年中あります。これによって作れる作物の種類が豊富で、夏に熱帯の作物である稲を作り、冬には冷温帯に適する麦をつくる米麦二毛作は世界に誇るべき技術です。

 酸性土壌が多いのは作物にとってマイナスですが、水田は酸性の害を防ぎます。そのかわり雨が多いので塩類土壌がありません。世界の乾燥地帯で灌漑をヘタにやると、下層の塩分が吸い上げられ、作物が育たなくなります。塩類土壌は、水の不足の次に農業をはばむ要因なのです。

 日本は山国ですから耕地面積が少ないのは不利ですが、見方を変えると川の密度が高いというメリットがあります。大陸の大河は、川と川の間がものすごく離れていますが、日本の小さくて短い川はコントロールしやすく、近くにあるので田んぼに水を引きやすいのです。

 日本の自然に見事に適応した水田は、実に優れた装置です。そして日本の稲作技術は、すでに封建時代に世界最高の水準に達していました。

 水稲の一番の特徴は、連作できるということです。また、湛水することで気候の激変に強くなり、収量が安定します。雑草の量も三分の一に減り、日本の土壌に欠乏しがちなリン酸を補給するという効果もあります。米自体も栄養的に優秀で、アジアの稲作諸国の人口密度の高さは、歴史的に見て、水稲の高い生産力と安定性に支えられてきました。

 西アフリカで稲作開発を援助

 こうした水稲がいま、世界中で広がりつつあります。私は八九年に農水省を退職し、その後の六年間でのべ二十回以上、西アフリカの国々の稲作開発を援助しました。そこで感じたことは、日本の稲作技術をそのまま移植することはできない、その土地に合ったやり方を現地の農民が自分の足で確かめながら進むのが一番だということです。

 例を二、三あげると、セネガルは、年間二百ミリから三百ミリの乏しい雨が三、四カ月降るだけの半砂漠地帯です。天水農業で作るソルガム、ヒエは、いっせいに実る日本の稲と違って、一〜二カ月かけてポツポツと実ります。それは危険分散なんですね。一カ月くらい干ばつが続いてもどこかで採れるという。

 しかし八〇年代に五〜六年連続して干ばつが起こり、かなりの餓死者が出ました。そこでセネガル川を、セネガル、モーリタニア、マリで共同開発し、水田を造成するプロジェクトが始まりました。日本にとってアフリカで初めての農業開発です。

 開発は成功しました。ところが現地の農民は、採れた米粒をわざわざ砕いて食べるんです。米を元来の主食のソルガムやヒエに似せるわけです。やっぱり“お袋の味”は変えられないと思いました。

 また現地の遊牧民も、砂漠化の進行で放牧草地が少なくなり、水田耕作を一部始めているのですが、一般に水田の雑草を取りません。牛のエサに最高だというのです。稲の草丈も、長ければ長いほどいい。彼らは草について実によく知っていて、刈り取り後に牛を放す水田もあります。遊牧民が農民になるには三世代かかると言われますが、その通りだと思いました。

 結局、農業は文化です。そういう目で世界から日本を見ると、日本人の文化である稲作が衰退するのに強い危機感を覚えました。

 水田軽視でなく総合的発展を

 私は、日本の稲作を文化としてもう一度とらえなおす必要があると思います。日本の農業は恵まれた自然条件を生かしながら、水稲を中心に収量でも、収穫の安定性でも世界に冠たる水準を維持してきたのはまぎれもない事実です。

 しかし反面、輸入自由化と機械化のもとで稲作の単作化が進み、米麦二毛作はすたれ、輸入飼料に頼る畜産になってしまいました。

 私は、日本の農業に転作の思想を導入して、水稲と畑作物を総合的に発展させることが重要だと思っています。それは、米が余っているからといって無理やり水田に畑作物を作らせるのではありません。小麦や大麦、大豆、飼料作物などが、まともに経済性をあらそえば輸入に太刀打ちできないのは明らかですから、当然、増産には政策的な位置づけが必要です。

 そうしたことも含めて、日本の農業の将来を腰をすえてじっくり検討すべきだと思います。

(新聞「農民」2004.1.5付)
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2004年1月

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