プリオン病の生前診断技術の展開プリオン病研究センター センター長 品川森一さん一昨年に大パニックを引き起こしたBSEや、不治の病といわれるクロイツフェルト・ヤコブ病は、プリオン病と総称されます。昨年十月、独立行政法人「農業技術研究機構・動物衛生研究所」(茨城県つくば市)に、内外の研究機関と連携してこの病気の解明と制圧にとりくむ「プリオン病研究センター」が設置されました。その初代センター長に就任した品川森一さんに、農林水産技術会議が昨年十二月に主催したシンポジウムでの講演をもとに話を聞きました。
生前診断法で殺処分が不要に私たちの研究所では、プリオン病の解明とともに診断法の高度化なども研究しています。今回はそのなかで生前診断法の開発に向けたとりくみについてお話しします。 もしBSEの生前診断法が確立されれば、感染した牛の淘汰が容易になります。また、BSEが発見された牧場の牛をすべて殺処分する必要はなくなるでしょう。 BSEなどプリオン病は、もともと体内にある正常なプリオンが異常化して起こります。その異常プリオンは脳など中枢神経に蓄積します。残念ながらそこを取り出して化学的な処理をしなければ診断ができません。だから生きているうちは不可能なのです。 しかし同じプリオン病でも、羊のスクレイピーは生前診断が可能です。扁桃(へんとう)やまぶたの下の小さなリンパ節に、脳よりも早く異常プリオンが蓄積するからです(図1参照〈図はありません〉)。これを摘出して検査すればいいのです。 ところがこの方法はBSEには応用できません。リンパ系組織からプリオンが検出されるのはまれだからです。表1に、主なプリオン病で中枢神経以外にプリオンが存在するかどうかをまとめました。BSEでも血液中に微量のプリオンがあるかもしれませんが、現在の検出技術ではとても発見できません。かりにプリオンがあったとしても、感染性がまったくないくらいわずかな量です。
プリオン検出の高感度化技術そこで、どうしたら生前診断が可能になるかということですが、一つはより感度が高く、そして正確にプリオンを検出する技術を開発することです。そのことによって、血液中のプリオンが見つかるようになるかもしれませんし、それに至らないまでも、より食肉の安全性は確保されることになるでしょう。 もう一つは、プリオン以外のマーカーを見つけることです。マーカーというのは、例えばガンの診断に使う腫瘍マーカーのようなもので、プリオンとは直接関係しなくてもいいのです。 表2に、いま行われている検査方法と、現在、実用化を検討中あるいは開発中の検査方法をまとめてみました。いま行われているなかでは、バイオアッセイが一番高感度な方法です。これは、例えば検査対象の動物の脳をすりつぶして、別の動物の脳に接種し発病を見るといった方法ですが、お金も時間もかかるので、すべてをこれで調べるのは不可能です。
免疫組織化学検査というのは、脳の病変の部位に蓄積している異常プリオンを染色する方法です。現在、BSEの確定診断(二次検査)は、これとウエスタンブロット法が採用されていますが、まだ一晩から数日かかります。そこでより迅速なエライザ法が、と畜場での全頭検査(一次検査)に用いられています。 現在開発中の高感度化技術としては、「キャピラリー電気泳動」「構造依存性免疫試験(CDI)」「蛍光相関分光法」などがあります。詳しい説明は省きますが、いずれもバイオアッセイと同等か、それ以上の高感度になると期待されています。
新しい抗体の発見これに関連して、私の前任地である帯広畜産大学でも成果が得られています。異常プリオンの構造を認識する新しい抗体の作製がそれです。 これまでの抗体は、正常・異常どちらのプリオンにも同じように反応しました。だから、たん白分解酵素で正常のプリオンを分解して、残った異常プリオンを検出していました。異常プリオンは抵抗性があってコアの部分が残るのです。しかし、部分的にしろ異常プリオンも壊れて感度の低下につながっていたと考えられます。 現在、この新しい抗体を用いた新たな検査方法の開発や、プリオンの構造の解析を進めています。
プリオン病マーカーの研究一方、プリオン病のマーカーとしては、「尿中の分解酵素抵抗性プリオン」や「赤芽球分化関連因子」というものがあります。前者は、感染したハムスターの尿から抗体と反応する抵抗性のプリオンを検出したという報告です。その後、異常プリオンではないという別の報告も出ましたが、マーカーである可能性もあるので、さらに検討していく必要があります。 後者は、プリオン病に感染すると、この因子の発現が低下するという報告です。プリオンとはまったく関係がありませんが、発症した動物では低くなります。しかし、セン伏期間ではどうか、またどれくらい低くなったら感染しているといえるのか、これからの課題です。 現状は、最先端の科学技術を駆使してもプリオン病に関して多くの未解明の部分を残しています。しかしそれでも、危険な肉骨粉の給与をしないことなどでプリオンフリーの牛の供給は可能です。私たちの研究所では、国内の食肉の安全性の確保とともに、発展途上国への診断技術の指導など、国際貢献にも努めていきたいと思っています。
(新聞「農民」2003.2.17付)
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[2003年2月]
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