“素朴な布のぬくもり”を生かして
「心ゆさぶるような作品を」と抱負を語る布絵画家 梅原 麦子さん〔プロフィール〕一九四四年、富山市生まれ。梅原司平さんと結婚して上京、現在はさいたま市で布絵の制作中。著書に『ひまわり』(新日本出版社)、『雨あがり』(新科学出版社)など。他に「布絵カレンダー」や「絵はがき」「一筆箋」などを制作。長男も「布絵空想の世界」の作品を発表している。
北海道の雪景色を描いた『冬の十勝』――凍てついた原野が広がり、立ち並ぶ樹木の陰から今にも兎が飛び出してくるような絵です。近づいて見ると、これが油絵ではなく布絵。この十年余、布絵を描きつづけている画家、梅原麦子さんに布絵の魅力と今後の抱負を聞きました。
子育ての後の生き方に悩んだ時期私が布絵を始めてから十二年ほどになります。それまでの私は何をしたら良いか暗中模索していました。ちょうど子育てから解放される時期で、これからの生き方をどうするか悩んでいました。 子育てといっても男の子一人でしたが、夫(梅原司平・シンガーソングライター)はコンサートで全国を走り回っています。そういう中で「じゃあ私は何をしたらいいんだろう」と思い始めたのが十数年前です。 それまでも子育てをしながら、地域の婦人運動に参加して、手帳が真っ黒になるほど日程をいっぱいにして動き回っていました。そして子育て後、私にしかできない何かがあるはずだ、自分にだって才能があるはずだって、ズウズウしく思ったんです(笑い)。 でも「何か」が見つからなくて、毎日悩んでいました。童話作家になろうか、画家になろうかなどと思いめぐらしていました。 夫は全国公演から帰ってきて、さえない顔の私を見るのが辛いものですから、『童話作家への道』とか『書家への道』などといった本を買ってきてくれました。私が少しでも元気になってほしいと思って、一番苦労したのは司平さんなんです。そして決断したのが「絵描きへの道」でした。
小さい頃はコンプレックスのかたまりお話していて私の声、少し大きいと思いませんか。小学生の時、右の耳が中耳炎をこじらせて難聴になったのです。 治療のために学校を早退しますから、授業に追いつきませんし、教室では先生の声がよく聞きとれません。仕方なくノートに絵をイタズラ書きしていました。成績は下がる一方です。 姉も兄も成績がよいので、末っ子の私は両親の心配のタネでした。でも耳がよく聞こえないし、夜寝ていても耳鳴りがする。それがストレスとコンプレックスになり、やがて“落ちこぼれ”になっていったのです。 ただ絵だけは5で、廊下に張り出されたり、優秀賞をもらいました。それが今の私につながっているのだと思います。 私の家は父(岩倉政治)が小説を書いていて、母は歯医者なんですが、出入りするお客さんに画家や詩人、俳句を詠む人や書家がいたり、音楽をやっている人達がいました。 あの棟方志功さんとも交流があって、父が五十数年前に選挙に出た時、応援演説してくれたことがありました。それで私の家には棟方さんや他の画家の絵や書などが茶の間や書斎、玄関にかかっていました。 そんな環境が影響したのか、私は美術学校に行ったわけではありませんが、小さい頃から絵を描くのが好きでした。
布絵を描き始めたきっかけは私はもともと布に触るのが好きで、パッチワークや刺し子、袋物を縫ったりしてきました。だけど手芸で終わりたくない、もっと絵画的な世界へ踏み込みたいと思っていました。 そんな時に宮脇綾子さん(故人)の『布絵の本』にめぐり合いました。すごくユーモアがあり、センスがあって素敵だなあと思いました。 その方の布絵は、布をアップリケのように回りを糸で縫っておられました。やはり手芸の世界です。その時「絵の具の代わりに布を使った絵画ができないだろうか」と一瞬ひらめいたんです。 だから布絵は、どなたの教えも受けず、独自に手さぐりで切り開いてきたものです。今から十二〜三年前のことです。
他の絵画にはない布絵の魅力布絵を始めてから苦しんだことは、人物を描く時の光と影、顔の微妙な変化、立体感を表現することでした。油絵なら絵の具の色を混ぜ合わせれば可能です。いっそのこと油彩に戻ろうかと何回も悩みました。 しかし、その苦しみを乗り越えて、自分のものにした時にこそ、素晴らしい布絵になるんではないかと思ったのです。 私は「制限」があればあるほど、挑戦しがいがあると思っています。そして挑戦して、苦労して良い作品ができあがった時にこそ、真の「喜び」があるんではないでしょうか。 例えば、花模様の空があったり、屋根瓦が絣(かすり)の布であったり、人物や塀や草むらが花模様や縞模様であったりと、油絵の世界では絶対にありえないことです。それで風景も描きます。 クレヨンとかパステルとか油絵の具では味わえない面白い世界、意外な世界が展開していく。それが私の喜びであり、布絵の魅力だと言えましょう。
布の持つ「ぬくもり」に親しみが一般の美術館にいきますと、お客さんたちが咳払い一つせずに見ています。ところが私の個展ではお年寄りや親子づれの人たちが会話をしながら見ています。布の持つ独特の味、掌(てのひら)のぬくもりが親しみを感じさせるのでしょう。 そのお客さんたちから「この絵、何日かかって制作されたんですか?」「これは何を材料に使ったんですか?」「糊はボンドを?」とか聞かれます。布は古い着物や洋服だったり、ネクタイや風呂敷などさまざまです。また作品によって一カ月以上かかるものもあります。 そして楽しいのは「これなら私にもできそうだわ」と言われた時です。そうです。誰にでも挑戦できそうなのが、布絵の良さだと思います。布絵を始めたおばあちゃんが元気になられた話も聞きました。 しかし、私は「誰にでもできそうで、気楽にできる布絵の世界」を、一歩も二歩も深めて、芸術的に高めたいと思っています。 それには「感性と技術と思想」の三つが揃っていなければなりません。常に優れた芸術品に触れて感性をみがき、技術を高め、思想を深めていくことが求められていると自戒し、見る人の心をゆさぶるような作品をと努力しています。 そして“落ちこぼれ”の時代があっても、花を咲かせる時があるという見本になりたいと思っています。 (聞き手)角張英吉
(写 真)関 次男
(新聞「農民」2003.2.10付)
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[2003年2月]
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