食の安全 最前線作り手の良心守るメーカーたちの『よい食品を作る会』「良い食品を作る会」というのがあります。
酒造りすべてを純米酒に兵庫・「富久錦」会長を務める稲岡輝彦さん(62)は、一八三九年創業の百六十数年続く兵庫県加西市の酒造りの老舗、富久錦の会長です。富久錦は、すべて純米酒。日本酒を米だけで作る純米酒は初めのころは四〜五%。いまでも九〇%以上の酒は、何らかの形で増量を図っているといいます。だれもやっていない純米酒に手を染めて、果たしてやっていけるのか。自分の代で、六代続いた酒蔵をつぶしてしまいかねないだけに、「怖い選択」でした。稲岡さんはためらいます。 ところが会に入って、ほかの食品で純粋性を貫いている人たちの話を聞くと、「酒でも、やれるかもしれない」と、希望が見えてきました。 決断して、五年計画で純米酒に切り替えていきますが、販売量は半減しました。「いまも経営は苦しいですよ。でも逆にいうと半分でも残ったというのは、まあまあよくやったと思います」。
なぜこだわるのか安心・安全を貫こうとすれば、コストもかさんできます。それにどう対処しているのか。 「純米酒は、使う米の比率が二倍くらい多くなる。それに、有機肥料を使った減農薬栽培の米を、営農組合単位で契約して作ってもらう。農家の数からすれば三十人程度の集まりです。協力してもらうために、多少の助成金も出していますし、コストの面からいうと、逆行しているんです」 なぜそこまでこだわるのでしょう。「それは当たり前のことだから」と、稲岡さんはいいます。 「私たちが掲げる食品の四条件というのは、安心できることとか、ごまかしがないとか、人の口に入る食作りでは、当たり前のことなんです。いまの世の中、それがなかなかとおらない。究極の目標は消費者がいつどこで物を買っても、そういう基準に合致したものにしていこうという理想を掲げて、会はスタートしたわけです」 会は、「内部的にまず高めていこう」ということで年に三回、全体会議を開いています。いろんな人の講演を聞いたり、会員が自分のやっていることを発表して意見を聞いたり、批判を受けたり。会員は工場をみんなに見てもらう、原料をお互いに使いあう。そんな会員同士の交流で、意識の向上に努めています。
原料入手に苦労良い食品を作ろうという意思はあっても、壁はあちこちにありました。「調味料を使わずに練り製品をつくれるのか、そんなことできるわけがない」などなど。また、ある程度規模が大きなメーカーになると、「そこまでやれない」と、会を辞めていった人もいました。 「それに、私たちが作る食品は、みんな農産物とは深い関係があります。その農産物を自給できる体制にないと、いい物を作るというのは難しいですね」 原料の入手に誰もが苦労している会員たちの、共通の思いです。
醤油・味噌大豆も小麦も国産和歌山・「堀河屋野村」和歌山県御坊市で醤油・味噌をつくる堀河屋野村の野村太兵衛さん(54)。元禄年間からの創業です。大学を出て家業を継ぐことになり、帰ってきて蔵を見てびっくりしました。「わあ、なんて原始的な…。こんなんで食っていけるんかな」。 まだ二十数歳のときでした。そんな野村さんの家業への心を動かしたのが、カゴメの何代目か前の社長の、蟹江喜信さんのことばです。「企業が利益を上げるためには、やらざるを得ないこととやっていけないことがある。あなたの場合は、自分の判断でどうにでもなるんだよ。どうにでもなることだから、家業というのは大事なんだ」。 蟹江氏がまだ、広報部長のころです。「いいものからじゃあないと、うまいものはできない」と話してくれたこともあります。「まずいものからうまいものを作るのが、技術だ」という、ある大手の企業家とのギャップは、あまりにも大きなものでした。
適した材料で「安全なもの、安心して食べられるもの、自分も食べたいし、子どもにも食べさせたいものを作りたい。大半の人がやっぱりおいしいねというような、味のいい物を」。そう願い続ける野村さんは、この「まずいものから作る技術」というのが、脱脂加工大豆を原料とした醤油づくりだ、といいます。「そんなものと競争、競合したくない」。怒ったようなことばが返ってきます。 「おいしい醤油はそれに適した材料で作るのが一番。だから丸大豆も小麦もすべて国内産を用い、すべての工程において手間と時間にぜいたくをします」。野村さんは客に届ける「しおり」の中で、そう記しています。 「遺伝子組み換えが悪いなんてねえ。世の中すぐそればかりになるよ」という知人がいます。そんな“誘い”も、「醤油の原料が脱脂大豆になったように、世の中そうなるかもしれない。そうなっても、僕としてはそれはやりたくない」と受け付けません。創業以来続いた製法こそが安全の何よりの保障であり、本物の味の証だからです。 また、とことんまで原価計算をして安く作ろうという意識もありません。法外な値段ではなくて、妥当な価格というのは絶対に必要なことだ、といいきります。
農家と対話をだけど…。「あなたのいうこと、よくわかった。でも高いわね」。そんな客にそれをどうやって理解してもらうか。水より安い醤油がなぜできるのか。多くの人は、なかなかそこに疑問をもちません。 「会に参加し、作り手の良心を守ることの大切さをあらためて心に刻んだ」という野村さんは、「原料を供給してくれる農家の人たち、また私たちの製品に興味をもってくれるお客さんたちとの対話を広げていきたい」と考えています。
〔良い食品を作る会〕 (新聞「農民」2002.9.16付)
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[2002年9月]
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