安い農産物の向こう側タイの農村はいま山本 博史
日本向けエビ養殖と環境破壊タイから日本に輸出される食料品で、金額でみた第一位はエビ、第二位は鶏肉です。タイからのエビ輸入は九五年までインドネシアに次ぐ第二位でしたが、その後はインドやベトナムが輸出を拡大して、近年は第四番目の対日輸出国となっています。ただし、エビ輸出額とほぼ匹敵するエビピラフ・フライ・天ぷらなどの「調製品」が日本向けに輸出されています。鶏肉のうちでも骨なし鶏肉は、九三年までタイが日本向け輸出で最大の国でしたが、その後は中国からの輸入量が急増、ブラジルとタイがそのあとを追う形となっています。ヨーロッパでの狂牛病や口蹄疫の影響からタイの鶏肉輸出量は近年急伸しており、今年に入って日本が感染症拡大で中国産鶏肉の輸入を禁止したため、タイからの輸入が再び増加、その地位を回復する勢いとなっています。 これと対照的にエビは、日米など主な輸出先での需要が落ちこみ、インド、バングラデシュ、ベトナムなどから割安のエビが加工用に輸入され、タイ産エビは冷凍品の在庫が山積する不振状態が続いています。 ブラックタイガーを主流とする養殖エビは、海岸の魚付林であるマングローヴ林を切り開いた池で飼育されますが、養殖が急拡大した八〇年代半ばから、タイにおけるマングローヴ林の消滅面積は十五万ヘクタールに及んでいます。
ヘドロになったエビ養殖池大正エビ風のブラックタイガーは、日本向け輸出拡大とともにタイの海岸につぎつぎと養殖池が拡大してきました。稚エビと配合飼料の供給という「入口」と、成長したエビの加工・冷凍・輸出という「出口」を、アグリビジネスに握られ、契約飼育方式で養殖が行われています。 しかし、タイの農村ではまだ近代的契約関係が成立する条件が乏しく、ほとんどが口頭契約で、約束がほごにされることも少なくありません。 例えば、昭和天皇が重態で、日本でお祝い事の自粛が行われた時、タイでは養殖エビの買上げ価格が半値になっています。 契約農家は、供給された稚エビを供給された配合飼料で三カ月育てて出荷しますが、早く大きく育てようとして過剰給飼になりがちです。また、回転数を増やすために、出荷後一カ月間ときめられている池の天日干しや消毒を省略して、またすぐ飼育を続けます。そのため、養殖場の池は、底にたまったエサの残滓が発酵、まっ黒なヘドロが沈澱しはじめます。こうして五年も経過すると、早く養殖をはじめたところから順に深刻な水質汚染が拡大するのです。しかもこの池からの排水は、すべて海に流れこみ、タイの湾内の天然漁業にも壊滅的な影響をもたらし続けています。
内陸部、デルタの水田地帯に広がる塩害サムットプラカンなど、バンコク南側の海岸ぞいに水質汚染をもたらしたエビ養殖は、つぎに中部平原の内陸部、メナム・チャオプラヤのデルタ地帯にひろがる穀倉地帯へ移動します。タイ中部平原は、世界一の米輸出を支えている水田地帯ですが、タイ経済の不振や稲作よりも高水準の収入が得られるということから、つぎつぎと養殖池の造成工事がひろがりました。 エビ養殖は、淡水と海水のまじりあったところで行われますので、内陸部の養殖池には、タンクローリーで海水が運ばれます。 ところが、こうした海のない内陸部でのエビ養殖が増加するにともなって、九八年頃から、養殖池の周辺の水田や果樹園から、塩がふきはじめる現象がひろがりはじめます。 塩害による土壌汚染を防ぐため、タイ政府は九八年七月、内陸十県のエビ養殖場を四カ月以内に閉鎖する方針を決定、その指導をすすめました。 しかし、多額の経費をつぎこんで養殖池の造成を終えたばかりの農民や業者から強い反発が示され、同年十二月の禁止期日にむけても、撤回を求める人々と完全禁止を求める農民が、それぞれ抗議集会を開いています。いまも、内陸部でのエビ養殖は続けられています。
(新聞「農民」2001.7.30付)
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[2001年7月]
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